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メディア月評

連載コラム
「メディア月評」
創価大学教授・森 幸雄

【11】


視聴率低迷の一方、根強い人気の秘訣

ドラマによる新しい世界の経験

(2005年5月24日付)

 テレビの視聴率は全体として低下しているが、とくに連続ドラマの視聴率が低迷している。

 毎週の番組を10回も連続して見ることが現代の生活スタイルと合わないためともいわれる。録画してまとめて見たり、DVDなどで見るという視聴者も少なくない。このため「木更津キャッツアイ」などのように放映終了後に人気が高まるものもあるし、レンタルビデオ店でいつも貸し出し中というものもある。

 スポーツ番組やバラエティー番組などに比べ、テレビドラマは視聴者にとってある種の忍耐力が必要である。番組におけるさまざまな約束事を理解する能力、つまり高いリテラシーが求められるからである。

 連続テレビドラマは、回を重ねるにつれて、全体の構成がわかるようになっている。初回に明らかにした構造が、最終的には全く変わってしまうものも少なくない。

 構成が緻密になっても、テレビという大衆娯楽のメディアでのドラマは、より多くの人が楽しめるように、わかりやすいものでなければならない。

 このためであろうか、現在放映中のテレビドラマ「夢で逢いましょう」を見ていると、フィクションであり、実際と違うことはわかっているが、登場人物の職業である歯科衛生士や海上自衛官の生活が、わかってくるような気がする。

 同時代でありながら、自分とは無縁である世界をメディアによって知るということは、ずいぶんまえから、出版を通して経験している。

 戦前、佐藤紅緑の少年小説や吉屋信子の少女小説では、同世代のほとんどが実際には経験できない中学校や高等学校、女学校での生活が描かれていた。戦後では、中原淳一が描くスタイル画のようなワンピースを身にまとい、避暑に行くような生活ができる人はほとんどいなかった。

 テレビの時代になって、イスとテーブルによる食事風景や、制服やスーツに着替えて朝食をとるシーンなど、自分の生活とは異なる暮らしぶりを驚きをもって見ていた。

 現在でいえば、首都圏ではほぼ毎日、地上波の放送局のどこかで韓国のテレビドラマを見ることができる。ドラマであり、現実の生活とは違うことはわかっているが、いわゆる韓流ドラマによって、韓国を身近に感じる人は増えたであろう。ドキュメンタリーや紹介番組よりもはるかに影響が大きいといえよう。

 テレビドラマは、自らが経験したことのない生活を、疑似的に経験できる機会ともなる。弁護士にもバレーボール選手にも落語家にもなれる。教育番組やドキュメンタリーよりも、ドラマのなかでは共感をもってそうした生活を経験できる。

 ニュースやスポーツの生中継はもっともテレビ的なものであり、劇的な要素が強い。ドラマは構成される要素が多く、計算されているという意味で「理性的」な番組であるため、テレビというメディアで生き続けるのは難しい状況かもしれない。しかしながら、ドラマが新しい世界の経験を身近なものとして提供してくれる可能性は重要なものである。

 (創価大学教授)