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メディア月評

連載コラム
「メディア月評」
創価大学教授・森 幸雄

【10】


プロ野球中継の視聴率低下に思う

メディア・イベントとしてのスポーツ

(2005年4月26日付)

 プロ野球が開幕した。

 昨年は、球団の合併、選手会のストライキ、新球団の加入など、球場以外のことが大きな話題となった。新チームの試合ぶりや、セ・パ両リーグの交流試合など、新時代の話題が期待されたプロ野球であったが、開幕早々の話題はプロ野球中継の視聴率の低さであった。

 地上波の全国放送は、巨人戦を中心に組まれているが、その巨人戦の視聴率は、4月1日の開幕戦が13・5%、7日には1ケタの8・8%であった。

 1970年代後半から90年代の巨人戦の視聴率は平均で20%を超えており、平均27%という年もあった。これだけの視聴率を安定的にあげられる番組は少なかった。それが、番組の存続を考えなければならない程の低視聴率になったのである。

 この視聴率の低下は、野球界の理由だけではなく、メディア側の理由もあろう。というのも、スポーツはメディア・イベントとしての性格を強く持つからである。

 メディアが、そのスポーツの見方を紹介し、プレーの意味を明らかにすることによって、人びとはそのスポーツを楽しむことができるようになることが少なくない。

 イギリス文化圏で人気のあるクリケットも、日本などプレーしない地域では、まったく放送されず、いつまでたっても関心をよばない。

 単調とおもえるマラソンや駅伝も、メディアからの見どころの情報があって、楽しめる番組となっている。

 1970年代前半にテレビで定期的に放送されて人気スポーツとなったローラーゲームは、放送がなくなると話題にもならなくなった。

 現在の高校野球につながる中等野球、大学野球など、野球そのものは人気スポーツとして長い歴史を持つ。プロ野球は、テレビ放送の発展とともに観るスポーツの代表となった。メディアの言説を通して、プロ野球ならではの見方やプレーの意味を知るようになったからである。

 プロ野球中継は、毎回の試合を、特別な出来事として放送する。ひとつひとつのプレーや選手起用に大きな意味を付与して、時には絶叫しながら放送する。また、テレビで番組の放送時間の変更があるときは私たちにとって重要な出来事が起こったときである。しかし野球中継だけは、しばしば時間延長がなされる。

 プロ野球中継は、非日常を、連日のように家庭に持ち込んできた。巨人戦に代表されるプロ野球中継の視聴率低下の要因の一つは、こうした放送への飽きがあるのかもしれない。

 今年、誕生した東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地での開幕戦は、地元仙台で24・2%の視聴率を記録した。新たなプロ野球の本拠地となった仙台という地で、鳴り物の応援をしないなど、従来とは異なる環境での開幕試合は、特別な出来事というにふさわしいものであったかもしれない。

 プロ野球放送をめぐって、状況が変わりつつある今年は、メディア・イベントとしてのスポーツを考える材料が、多くみつかりそうである。

 (創価大学教授)