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(2004年12月28日付)
2004年は血液型を扱うテレビ番組が多かった。4月から11月までの血液型を扱うテレビ番組は、コーナーで取り上げられたものを含めると民放で49本もあったという。
こうした番組に対して、特定の血液型がマイナスのイメージを意図してつくられて、血液型による性格の決めつけが行われているなど、番組に不快感を示す意見は、これまでも視聴者から寄せられていた。こうした視聴者の指摘を受けて検討したうえで、放送倫理・番組向上機構(BPO)は、12月8日、血液型を扱う番組に配慮を求める要望を発表した。
血液型による性格判断は、日本などごく限られた社会だけにみられる考え方である。このため、血液型による性格判断を認めるかどうかは別にして、日本では自己紹介や個人のプロフィルに血液型の項目があること自体には違和感をもたれないようだが、こうした考え方のない社会から来たスポーツ選手などは、不可解な項目として、戸惑ってしまうようである。
記憶をたどれば、1970年代には能見正比古の『血液型でわかる相性』がベストセラーになり、雑誌などで血液型の特集が相次いだ。芸能人やスポーツ選手を例として、血液型別の性格や、血液型同士の相性が取り上げられた。戦前の1930年代には、現在以上の血液型ブームがあったことは、松田薫が『「血液型」と性格の社会史』で詳しく紹介している。
70年代のブームは去ったが、雑誌やテレビ番組の運勢や相性などのコーナーでは、星座や干支などとともに、血液型が当然のように並ぶようになった。血液型ごとの「基本的な性格」とされるものの知識はかなり広まってもいる。
占いなどに対する態度と同じように、血液型による性格分類を認めない者にとっては、こうした問題を真面目に論じること自体が、ばかばかしいと感じるかもしれない。血液型を扱う番組はお笑い番組の一種として、楽しむべきものであるとの意見もある。
しかしながら、血液型による性格判断がベースとしているのは、学校の授業でも教えられているABO式の血液型という生物学的な事象である。このため、血液型による性格判断は、一般の占いなどとは異なり、科学的な根拠があるように思われやすく、より受け入れられやすい。
血液型による性格判断が社会的に受け入れられ、社会学でいう「社会的事実」となっていくと、人びとの行動を拘束するようになる。人びとはそれをまさに事実として受け止め、そうした事実にふさわしい行動をするようになる。このため、ついには事実として「科学的」に検証されてしまうことになる。
人種という生物学的な事象をベースにしているため、人種による優劣という偏見が根強く、差別される人種の劣位性が「科学的」に検証されたという歴史を忘れるべきではないだろう。
血液型による性格判断の番組を、製作者がいうように家族全員が会話をしながら楽しんでいるうちに、血液型で性格が決まるということが、社会的事実として確立してしまうおそれがある。その影響は検証していく必要があるし、BPOの要望を過剰な反応とすべきではない。
(創価大学教授)