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(2004年7月27日付)
毎日のように報道される凶悪事件や少年事件だが、6月1日に長崎県佐世保市で起きた小6女児による同級生殺害事件は、多くの人に衝撃を残しているのではないだろうか。
小6の女児が殺意をもって残忍なやり方で計画的に同級生を殺害したとされるこの事件は、メディアによって連日、どんな断片的な情報も伝えられた。
この事件は小6という年齢と同じくらいに、殺害への過程の道具立てに関心が集まった。「ネット社会」を象徴するように思われたからである。小学生ですらホームページを持つ時代になったのかという驚きとともに、サイト上の詩や文章がとりあげられた。
加害女児は『バトル・ロワイアル』という小説の続編をサイト上に載せていた。『バトル・ロワイアル』は映画化されたが、中学生が殺しあうという内容の悪影響が懸念され、15歳未満は上映館への入場を禁止するという「R―15指定」になっていた。映画が事件の殺害方法を想起させるため、衛星放送局は映画の放送延期を決め、映画会社もDVDの発売を無期延期した。
また、ネット上の「おしゃべり」であるチャットや掲示板でのやりとりが、殺意をいだくキッカケであったという報道も驚きをもって伝えられた。加害女児と被害女児は周囲からは、仲の良い友達とみられていたし、同級生として学校での交流もあったからである。
少年事件への対応は、処罰ではなく矯正が目的のため、成人による事件に比べ、メディアが得られる情報は限られる。ところが、通常の少年事件では現れないような情報が、この事件では加害女児のホームページから流れていったのである。このため、より一層ネットへの関心が高まった。
しかし、伝えられる情報量が増え、断片的な段階を脱するにつれて、報道のスタンスが変化していく。事件を特集した月刊誌が発売されるころには、ネット社会のまったく未知のタイプの事件という驚きは薄まってきている。
むしろ、これまでの少年事件でも指摘されている原因の重要さが増してきている。思春期の不安定さや家族、学校、地方都市の問題などが、背景として説明され、私たちに理解しやすい事件として受け入れられていく。
報道の受け手としては事件はそれで決着し、メディアの関心も次の事件に移っていく。
しかし、事件はそれで完了するものではない。たとえ全体像が明らかになったとしても、地元や関係者にはそこから問題が始まるのである。
地元の『長崎新聞』は昨年の長崎市男児誘拐殺害事件を報道するなかで、事件から始まる問題へ取り組もうとする姿勢がみえる。今回の事件の報道でも、事件1カ月後の連載記事には、学校や地域社会、加害女児やその家族、被害女児の家族などが、これから直面するであろう問題を考えようとしていることに注目したい。
事件の経過報道も重要であるが、それ以上に事件がもたらす問題を考える材料を掲示し、整理し、考える場を提供する。それもまたメディアに期待されている機能であろう。
(創価大学教授)
もり・ゆきお 1956年、神奈川県生まれ。創価大学大学院博士後期課程単位取得退学。86年創価大学文学部助手を経て2003年より現職。日本社会学会会員。専門は都市社会学、社会調査法。共著に『社会学のプロフィール』、論文に「牧口常三郎における地縁的ネットワークの可能性」などがある。