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(2000年12月19日付)
後任者が最終的に決まりつつある頃、クリントン大統領は北アイルランドを訪問し ていた。八年間の在職中、中東とともに最も自ら力を注いだ北アイルランド和平を、 今一度推し進めるためだ。
ホワイトハウスは、異例の三度の訪問となった今回の旅が、大統領にとって決して 「センチメンタル・ジャーニー(感傷旅行)」ではないことを強調した。確かに、過 激派組織の武装解除や警察改革などをめぐり、北アイルランドの自治は再び行き詰ま っていた。大統領が実際に政党間の交渉にかかわることはないとしながらも、和平問 題の「風向き」を変えるための訪問だと位置付けられた。
北アイルランドと接するアイルランド共和国の小さな国境の街ダンドークへ大統領 は向かった。過激派のひとつ「リアルIRA」の本拠地だ。大統領はそこで、一般の 聴衆に向かってこう主張した。「あなたがたは暴力を凝視し、もうたくさんだと言っ て、平和のために立ち上がった。再びその行動を取っていただきたい。今日も明日 も。そして人生の最後まで」。求心力としての大統領の魅力は、たぶんこうしたスピ ーチにあるのだろうと思う。
さて、ブッシュ氏の勝利が確定したその日、大統領は最後の訪問地である筆者の大 学へ来ていた。同行したブレア首相は、経済や外交の業績を指摘し、「ビル・クリン トンは真の西側リーダーだった」と最大限に称えた。大統領の長い車列が夕闇の中へ 消えて行くのを、首相とともに多くの学生が見送った。センチメンタル・ジャーニー ではなかったにしても、最後は、最大の同盟国イギリスからのフェアウェル(送別) の感が否めなかった。
(有田晴也・英国ウォーリック大学博士課程在籍)