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週刊誌クリティーク

連載コラム
「ロンドンの街角から」

【4】


アイヒマン回顧録から学ぶべきこと

(2000年3月7日付)


 先月二十九日、イスラエル政府は、アドルフ・アイヒマンの回顧録を、約四十年ぶ りに公表した。

 アイヒマンは、ナチスのユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)を直接指揮した人物。 一九六二年、人道に対する罪などで、イスラエルで死刑に処せられた。

 彼が、処刑までの間、獄中で書き綴ったのが、千三百ページに及ぶこの回顧録。イ スラエルの公文書保管所に、長らく眠ったままだった。

 今回の公表の背景には、現在、英国で行われている、ホロコーストの真偽をめぐる 裁判がある。これは、組織的な虐殺を否定する英国人歴史家アービング氏が、彼を 「ナチスの残党」と呼ぶ米国人歴史家のリプシュタット氏を、名誉毀損で訴えている もの。イスラエルが後者を弁護するため、公表に踏み切った。

 アイヒマンは、法廷での言動と同様、回顧録でも、虐殺と自分の役割を認めつつ も、自己弁護に終始。要約すると、「上司の命令に忠実に従っただけだ」と主張して いる。

 『ガーディアン』紙は、「官僚的な義務感によって、人がいかに無関心と悪へと堕 していくか」をアイヒマンの例から学ぶことができ、私たち自身も「日々、いかに文 明と野蛮との境界線に近い所にいるか」を知ることができると書いている。

 回顧録の分析は歴史家の手に委ねられるが、たぶん、恐ろしく平凡な人間の、恐ろ しく悪魔的な所業の実態が浮かび上がってくるのではないだろうか。そして、いかに 人間が無感覚に残虐、非道な事を成し得るかということも。

 回顧録の題名として、アイヒマンが考えていた選択肢のひとつに、「汝自身を知 れ」とあった。 (有田晴也・英国ウォーリック大学博士課程在籍)