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タイトル画:検証:構造改革報道

検証:構造改革報道 高橋文利

【12=完】


色あせた改革の旗振り役
公務員給与引き下げで存在価値示せ

(2002年6月11日付)


 ▼海外メディア「日本は何も変わらない」

 この欄を担当した1年前に指摘したのは、メディアに「小泉離れ」の予兆があることだった。不幸にしてこの予想は的中し、小泉内閣の支持率は当時の半分以下にまで下がっている。

 とりわけ注目したいのは、海外メディアの厳しい評価である。華々しく登場しただけに、期待感も強かった反動もあろうが、昨年秋ごろから批判的な見方が広がり、いまでは小泉改革にすっかり失望した形で「結局、日本は何も変わらない」とする論調が支配的である。

 日本国債の格付けが主要7カ国中で最低水準にランクされたのも、自己改革能力がないと判断されたからである。残念というほかはない。

 私はこれまで「構造改革なくして日本の明日はない」という観点から構造改革を早期にやり遂げる必要性を指摘し、それにはメディアの支持が不可欠だと主張してきた。しかし、過去1年間を振り返ってみると、小泉改革にはメディアを引きつける戦略性が欠けていたと言わざるを得ない。

 政府の経済財政諮問会議が「経済活性化戦略」の最終案をまとめた翌6月4日の読売は「個別政策の寄せ集め」と断じ、実効性には疑問符もつくと報じている。確かにA4判で約20ページにも及ぶボリュームの割には従来、各省庁が温めていた個別政策を寄せ集めて格好だけをとりつくろったと言われても仕方がない内容である。その要旨を掲載したのも、私の知る限り日経だけであった。

 この責任は、この会議を実質的に取り仕切った竹中平蔵経済財政相にあるといっていいだろう。

 ▼存在価値問われる竹中経済財政相

 竹中氏は、小泉内閣の看板大臣の一人として「構造改革の旗振り役」を自認してきた。

 慶大教授だったが、もともとテレビ討論などではわかりやすいことばで立て板に水の弁舌で知られていた。それを見込んで起用されたものだが、最近は景気論争などでも言い訳に終始している姿が目立つ。高い失業率も改善されず、景気の低迷が続いているのだから、同情すべき点もあろう。

 だが竹中氏の起用には、当初から同じ学者仲間から強い批判が出ていた。竹中氏が都心に高額マンションを所有していたり、日本マクドナルドの未公開株を譲られたりしたことからくるやっかみもあるだろう。

 しかし、最大のポイントは、竹中氏の言動に一貫性がないことだ。「変節漢」と言われても否定できない面がある。

 こうした批判の矛先をかわすためか、思い付きを口にすることも珍しくない。財政支出を減らす手段としてデノミを提唱したり、デフレを止めるために物価上昇率の目標を定めるインフレターゲット論を主張してすぐ引っ込めたりしている。

 その竹中氏が今度は国家公務員の給与削減を提唱した。日経はこれを受けて「公務員給与の引き下げは当然だ」(6月4日社説)と支持している。

 民間企業の給与水準は、すでに実質マイナスに落ち込んでいる。地方公務員の給与は国家公務員準拠が原則だから、地場企業の給与水準に比べて相当に高くなっている。最近不祥事で退任した農水省や外務省の事務次官の退職金も民間企業をはるかに上回る高額で、あきれるばかりだ。

 税制改革論議では課税対象の拡大など国民の負担増を伴う内容が検討課題に挙がっているが、国も身を削らなければ国民の理解は得られまい。

 その意味で、今度の竹中氏の発言を、単なる思い付きに終わらせてはなるまい。改革の痛みをすべての国民が分かち合うシンボルにすると同時に、改革の旗振り役の存在価値を改めて示してもらいたい。

(立命館大学教授)