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(2004年4月13日付)
オピニオン欄の執筆者はニュース記者と同様の訂正義務を守るべきか?
ニューヨーク・タイムズ紙のお目付け役である読者代表を務めるダニエル・オクレント氏が3月28日のコラムでそんな質問を呈した。同紙の編集規定では「事実の誤りは大小を問わず速やかに訂正すること」とされている。
しかしOp―Ed欄(多様な意見のコラムが掲載される論説の隣のページ)においてはコラムニストが自分の裁量において訂正を掲載するか否かを判断するというしきたりが通ってきた。
オクレント氏の疑問に対して論説委員らは、コラムニストであっても事実に正確でなければならないことに変わりはなく、もし間違いがあった場合には次回のコラムの終わりでコラムニストは訂正をすることという新規定を示した。
他方、同紙の著名コラムニストであるW・サファイア氏はオクレント氏に電子メールで「意見が間違うということはない。いかに非論理的で頭にくるような意見であっても議論の俎上に載せられるべき性質のものであり、訂正を要求される類のものではない」というコメントを寄せたという。
これに対してサファイア氏が傲慢だという意見からコラムニストはニュース記事のように記録目的でコラムを書いているのではないというものまで多くの意見が読者から寄せられたという。
誤認した事実に基づいてコラムが書かれたのであれば、もちろん訂正が必要だ。しかしそれ以上となるとコラムの中で事実とそうでないものとを分けることは難しい。そもそもコラムとは事実の取捨選択が極めて主観的に行われる場所なのだ。
ウォールストリート・ジャーナル紙の名誉編集者であるR・バートレー氏などはニュース記事でもそうした取捨選択は行われており、新聞は客観性という隠れ蓑を捨ててオピニオン記事に軸足を移すべきであるとかねてから主張している。
この論議に対する答えはそう簡単にはでないであろう。新聞における客観性の意味、新メディアが登場するなか、新聞が担っていく役割も考え合わせたうえでいかに議論が展開されていくのか今後が興味深い。
(椎名亜由子・在米ジャーナリスト)