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米国ジャーナリズム時評

【28】

イラク復興に欠けているもの

(2003年8月26日付)

 外交問題を論じるニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストの中でも、中東問題分析の確かさに定評があるのがトーマス・フリードマン氏である。ベイルート、エルサレム支局長を続けて務め、その間に2度ピュリツァー賞を受賞している。そのフリードマン氏はイラク戦争終結宣言後も何度かイラクに足を運び現地からコラムを送信しているが、最新コラムもバグダッド発のものである(8月13日掲載)。

 「権力と危難」と題した最新コラムの中でフリードマン氏は、現在のイラクでは人間の根源にかかわる問題が脅かされていると訴える。占領が長引くにつれ、以前の訪問の時には耳にしなかった「屈辱」という言葉がそこここで聞かれるようになり、屈辱と怒りに満ちたイラク市民の姿をしばしば目にするようになったと同氏は書く。

 米軍の通訳として働くイラクの大学生は同氏に、「怯え、怒りに満ち、飢えた動物を飼っていたとしたら、あなたはどうやってその動物を訓練すると言うのか」という質問をぶつけたと言う。毎日の生活にかかわる給与、電力供給、安全が悪化する中でイラクの人々に協力を求めるのは無理な話であり、生活の安全を保証し、最低限の生活を与えなければ従順になどなれるわけがないと言うのだ。

 フリードマン氏もこの意見に同調する。いくら良いアイデアやプログラムを持ち込んでも、職を創出するような投資や電力線を断とうとする無法者を抑える兵力、イラク人を訓練することに対する時間の投資、そして恒常的に駐在する米国のアドバイザーたちなくしてはそれらは無駄であると同氏は書く。

 基本的な人間の尊厳が守られるような環境を米軍が作り出さなければイラク復興を成功させることは難しいというのだが、人権や民主主義といったアイデアを唱えるだけでなく、こうしたもっとも基本的な考え方に立ち戻ることが現在の米軍にとって重要なのではないだろうか。

 (椎名亜由子・在米ジャーナリスト)