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米国ジャーナリズム時評

【19】

見送られた9・11テロの調査委予算

(2003年4月8日付)

 一昨年9月11日の同時多発テロ攻撃に関する独立調査委員会の第1回の公聴会が3月31日から2日間かけて行われた。法執行機関の役割やテロリスト組織への資金の流入、テロ当日の政府の対応などについての調査が同委員会の使命となるが、すでに予算問題などの課題が山積している。

 公聴会開始前日の30日、ニューヨーク・タイムズ紙は社説で、先週議会に提出された補足戦争予算案の中に委員会が要求している11億ドルの調査費が含まれていなかったことを報じた。初期予算の3億ドルは今夏にも使い果たされる見込みである。そのうえで、政権側は「政治的に恐れ知らずの調査を妨げる」目的で予算欠如という手段に訴えているのかと疑わざるを得ないとも指摘した。

 クリントン前大統領のいわゆるホワイトウォーター疑惑解明には30億ドル以上が費やされ、シャトル・コロンビアの事故原因解明調査にはおよそ40億ドルかかるとされることなどを考慮に入れると、委員会の要求している全14億ドルの予算は抑えた額といえる。

 世界の関心が現在進行中の対イラク戦争に向けられる中、直接的に被害を受けなかった人々にとって、9月11日のテロ事件は次第に遠いものになりつつあるようだ。公聴会のニュースも戦争報道に押されて、各紙とも気をつけなければ見逃しそうな小さな扱いであった。

 しかし、なぜテロ攻撃が起こるのを許してしまったのか、なぜあれだけ多くの犠牲者がでることを防げなかったのか、解明、改善していかなければならない事項は多数ある。解明される事実の中には、癒えかけた傷口を刺激するような辛い事実も含まれよう。しかし、テロとの戦いはこうした地道な作業の積み重ねによってしかなしえないことを再認識する必要があるのではないか。

 (椎名亜由子・在米ジャーナリスト)