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米国ジャーナリズム時評

【15】

コロンビア号事故 マスコミ側の反省

(2003年2月11日付)

 澄み渡った青空を背景に、炎に包まれて空中分解する米スペース・シャトル「コロンビア」の映像は、米国人に一昨年、9月11日の悪夢を思い起こさせた。

 事故原因は打ち上げ時の耐熱タイルの損傷らしいという報道が出てからは「米航空宇宙局(NASA)安全性を警告した諮問委員を解雇」(3日付ニューヨーク・タイムズ紙)、「事故再発」(同ワシントン・ポスト紙)、「シャトル運航は停止されるべき」(10日付タイム誌)など、予算削減により安全性が二の次になっていたのではないかとNASAの体制を問う報道と、亡くなった宇宙飛行士たちへの追悼で各メディアは一面埋め尽くされた。

 さかのぼって「コロンビア」打ち上げ時の1月16日、メディアはどんな報道をしたのか。初のイスラエル人飛行士が搭乗というニュースが多少注目を浴びたのみで、それもニューヨーク・タイムズ紙17面、ワシントン・ポスト紙3面など、1面トップニュースとして扱う新聞はなく、シャトル打ち上げがもはや日常的な出来事となってきていたことをうかがわせる。

 ワシントン・ポスト紙のH・クルツ記者は、昨年4月の米下院小委員会でシャトルの安全性について、「現在のやり方は将来への危険の種をまいているようなものだ」と警告を発したNASA安全諮問委員会元議長の発言を、当時、いくつの新聞が取り上げたかを調べている(3日付)。その数は実に3社のみであったという。

 米国が初の有人飛行に成功して以来、すでに40年以上がたった。宇宙飛行そのものがすでにニュースとはいえないほどあたり前になった現在でも、この事故以前にニュースとして取り上げられるべきNASAの問題は数々あったのではないか。日常生活の中で見過ごしがちなニュースの意味を考えさせられる事故だった。

 (椎名亜由子・在米ジャーナリスト)