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(2002年10月29日付)
北朝鮮、ハイチ調停には懐疑の声も |
久しぶりにアメリカに訪れた明るいニュースだった。ジミー・カーター元大統領のノーベル平和賞受賞のことである。ようやくの受賞という感も大きい。
大統領在任中の1978年、歴史的な中東和平への第一歩となったイスラエルとエジプト間のキャンプ・デービッド合意を調停した功績が評価され受賞直前までいったが、ノーベル賞事務局の定める候補者推薦の締め切りまでに候補リストに挙がっていなかったとして授賞対象外となり、以降は毎年のように候補に挙げられ、24年目にしてようやく受賞にこぎつけた。
キャンプ・デービッド合意の調停および大統領離職後に、平和、人権、民主主義を推進する目的で設立されたカーター・センターを通じての平和裡の紛争解決努力が評価された。カーター氏の息の長い、静かな外交が改めて、日の目を見た形である。選考委員の全員一致で授賞が決定したという。ニュース専門局CNNのウェブサイト上の調査でも、実に米国民の90%が同氏への授賞を支持しているという結果がでた。
従来、その時々の世界状況をかんがみて、政治的メッセージを世界に送る意図を担ってきた同賞だが、今回はその役割がさらに前面に押し出される形となった。授賞に際し、ベルゲ・ノーベル平和賞選考委員長は、「カーター氏への授賞は米国の現政権のとる方針に対する非難と解釈されるべきだ」と明言、ブッシュ政権を強く非難した。選考委員が自ら政治的メッセージを明言したことは過去にも例をみない。
ニューヨーク・タイムズ紙社説は、カーター氏への授賞が意味したものは誰の目にも明らかであり、委員長のあけすけな批判は無用だったのではないかと述べた。そしてなにより、「カーター氏の功績そのものが授賞理由にふさわしい」と、あたかも現政権の政策への批判のために平和賞を授与したかのような発言は氏の功績への正当な評価を損ねるものであることを暗に示唆した。
カーター氏は、大国の大統領がその職を退いた後にこそ、制約に縛られず、外交腕力を発揮する機会があるのだという手本を世界に示した。大半の元大統領たちが大企業の顧問などに納まり、講演や執筆活動など、富の集積に焦点をあてた活動を行うのに対し、カーター氏は世界65カ国の紛争国での選挙監視など、地道な平和外交に専念してきた。
「大統領という職が、真の偉業に向けての布石でしかなかった唯一の人物」――CNNで発言した、カーター氏の大統領時代の補佐官の言葉がカーター氏の功績を端的に物語っていた。これからの米国「元」大統領たちに求められる資質、活動の基準が同氏によって引き上げられたことは間違いない。
受賞が伝えられた11日、CNNからのインタビューに答えカーター氏は、今までの自分の業績の中で一番の誇りに思うのは何かと尋ねられ、1994年、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を訪れ、核開発凍結を定めた米朝枠組み合意の調停を仲立ちしたこと、また同年、ハイチを訪れ、軍事政権の退陣を説得、米国の軍事侵攻を回避したことの二つを挙げた。
奇しくもこの二つの功績は、カーター氏の推奨する平和外交に対する懐疑論者たちが現在、真っ先に非難の矛先を向ける事例ともなってしまった。米の保守系の代表誌である「アトランティック・マンスリー」誌編集委員のマイケル・ケリー氏もそうした懐疑論の論客の一人だが、今回のノーベル平和賞授賞決定後のコラムでハイチの現状に触れて以下のように述べている。
「1994年にカーター氏が平和使節団を伴って訪れる前の、悲惨で、抑圧され、独裁者に牛耳られたハイチを見よ。そして現在の悲惨で、抑圧され、いまだに独裁者の手にあるハイチを見よ。何も変わっていないではないか」(10月16日付ワシントン・ポスト紙)
平和外交懐疑論者たちが重要視するのは具体的な変化である。彼らは湾岸戦争時、ブッシュ前大統領がイラクの不法な侵攻を制し、200万人のクウェート人をその占領下から解放したことを具体的な成果として評価する。他方、平和外交は独裁政権の終焉や核兵器の廃棄などの具体的な成果をあげることはまずなく、象徴的な成果にとどまることがほとんどだと指摘する。
アメリカ式のプラグマティズム(実用主義)に基づいた考え方で、ヨーロッパの知識層などは眉をしかめそうな理論だが、北朝鮮が平和外交の努力のたまものを踏みにじったことが明らかになった今、ただのタカ派の意見とばかりも言っていられなくなってきた。
北朝鮮、イラク、こういった平和的とは言いがたい国々と対抗するのに、どのような平和的手段が残されているのか。今こそカーター氏の声が待たれる。(在米ジャーナリスト)
(在米ジャーナリスト)
略歴しいな・あゆこ 上智大学新聞学科修士課程、ミネソタ大学ジャーナリズム学科修士課程修了。研究テーマは国際コミュニケーション論と、主にインドネシア、東南アジアにおける言論の自由。現在はニューヨークに在住し、本紙に「米国ジャーナリズム時評」を連載寄稿中。