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米国ジャーナリズム時評

【5】


ニューヨークで9・11の追悼式典

(2002年9月10日付)

 どんな言葉もあの日の恐怖と喪失感を表現できない――昨年9月11日の同時テロ多発事件から1周年の追悼式典を行うにあたって、ニューヨークのブルームバーグ市長をはじめ米国の政治家の間にはそんな雰囲気が漂っている。

 1周年当日は夜明けから日没まで、世界貿易センター跡地を中心に様々な追悼行事が行われる。この日は政治的駆け引きが行われるべきではないと、政治色を廃するために市長は政治家が式典で独自のスピーチをしないことを決めた。

 代わりに「人民の、人民による、人民のための政治」という文言で有名なリンカーン元大統領のゲティスバーグ演説など、歴代大統領による名演説の一部が朗読される。

 確かにまだ惨事の記憶も生々しい中で、人々の琴線に触れ、かつ未来に向かって鼓舞するような演説をすることは至難の業だ。だからといって言葉を見つける努力を怠っていいものかと8月11日付のニューヨーク・タイムズ紙は問いかけた。

 ゲティスバーグ演説が行われたのも、南北戦争最大の激戦となり5万人以上の死傷者を出した「ゲティスバーグの戦い」からわずか5カ月後のことである。「言葉が足りているか否かはこの際、重要ではない」とタイムズ紙は書く。「われわれがリーダーに期待するのは、ふさわしい言葉をみつけようとする努力と勇気である」

 悲しみに沈む国民を前に、わずか272語、およそ3分間の演説で犠牲の意義と残された者の責務を述べ、国家が進み行く方向性を示したリンカーンの指導力は稀有といえよう。しかしそうした指導力こそが1周年を経て事件の重みを振り返るときに米国民が最も必要としているものなのかもしれない。

(椎名亜由子・在米ジャーナリスト)