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(2006年5月2日付=完)
ストーリーテリングと中道の力 |
運動会の定番「綱引き」。力を合わせて団結の力を争う競技である。ドイツのリンゲルマンという心理学者が、綱引きの力につき実験を繰り返し、全体の力が一人ひとりの力の総和に及ばないことを発見した。何度実験しても、3人のグループでは2人半の力しか発揮できず、8人では4人分の個人の力も出せなかった。人数が増えるほど力のロスが増えた。
これは「ぶら下がり」現象と呼ばれるもので、個人の努力が外からは分からないので、集団の力に「ただ乗り」しようという意識が生まれることによる。したがって、綱引きは力を合わせる競技というより、どちらが力を抜く人が多いかを問う競技である。
しかし、これは組織にとって無視できない。個人別に力を発揮した方が大きいなら、組織を作る意味は小さい。組織の力が、個人の力の総和より何倍も大きくなる「シナジー(相乗)効果」を持ってこそ、組織を作る意味がある。そのための条件は何か。
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一つは、組織のメンバーが打ち込むことができる共通の目的をもち、それに対する達成責任をもっているかどうかである。多様な個人の主体性を保ちながら、心を一つに合わせてゆく。それが組織を隠れ蓑にしないで、自分と組織の双方をごまかさず責任を果たしてゆく前提となる。
リーダーがメンバーに共通の目的を伝え、それを浸透させ、現実の行動の指針として根付かせることは非常に難しい。理路整然と目的やビジョンを説明するだけでは不可能である。心を動かし、行動につながる活力を引き出す必要がある。リーダーが、心に訴える物語を語ることはストーリーテリングと呼ばれるが、これは時に組織を一つにまとめる上で絶大な効果を発揮する。
ミュージカルや映画で有名な「ラ・マンチャの男」は、ストーリーテリングの力を見事に描いた作品である。主人公セルバンテスは、死を宣告されるであろう宗教裁判にかけられるまでのわずかな時間、地下牢に閉じ込められる。そこには様々な犯罪を起こした数十人の罪人がいて、セルバンテスを襲う。
まさに烏合の衆を相手に、セルバンテスは、自身の理想を劇にして書いた「ドン・キホーテ」を皆で演じることを必死で提案。そして皆を巻き込んでいく。ドン・キホーテはセルバンテスの分身で、正気を失った老人であるが、正義の「見果てぬ夢」を追い求めていく騎士である。
時に滑稽な行動をとるドン・キホーテであるが、人を信じ、不可能に挑戦していく姿に罪人たちは魅かれていく。協力的な人ばかりではないが、各人の個性にあった配役をし、積極的な関与を引き出していく。
そして理想半ばで倒れるドン・キホーテ。理想が伝えられた「役者たち」は納得せず、セルバンテスに、ふさわしいエンディングを描くことを要求する。そして、死の最後まで信じる人々と共に戦ったドン・キホーテの姿で物語は完結する。免れない裁判へ向かうセルバンテスを「見果てぬ夢」の大合唱で送る。烏合の衆は、一つの心をもった組織にわずかな時間で変わったのである。
成長する組織には、過去・現在・未来に流れる物語がある。そしてそれを語れるリーダーがいる。未来は決まっておらず、構成員全体で取り組む創造的なものとなる。人は壮大な物語につながることで、永遠に成長できる存在となる。
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世界で1500万部を売り上げたS・コヴィーの『7つの習慣』(キングベアー出版)=写真上=は成功の原則を説いた。この中で、最も重要で困難な原則は、「相乗効果を発揮すること」という。そのためには相互に依存し、新しい考え方にオープンになり、自分を防御しない勇気をもつことが必要だ。
古い脚本を捨て、新しい脚本を全員で書くこと。そこから、相互に理解し、学習し、成長するような創造的な協力が可能となる。互いの無限の可能性を開いてゆく相乗効果が生まれるのである。1プラス1は、1600にもなるという。
コヴィーは仏法の「中道」に着目する。相互の関係が妥協であれば、シナジーは生まれない。中道とは信頼に基づき、より高い次元の第3の道を導き出すことである。
コヴィーなど、人のマネジメントにあたって新たなアプローチを提唱する論者には敬虔なキリスト教徒も多い。しかし、彼らの多くは他の宗教や価値観に対して非常にオープンな姿勢をとる。むしろ東洋の叡智に学ぼうとしている。
人と組織が成長する創造的な関係。そこには卓越した人間観をもつリーダーと組織における実践が不可欠である。日本からそれを発信できる存在は、一体どれだけあるのだろう。それこそ世界が求めている価値なのである。(創価大学教授)
くりやま・なおき 1960年、大阪市生まれ。創価大学大学院博士後期課程修了。ILO(国際労働機関)本部勤務、日本ILO協会月刊誌「世界の労働」編集長、ジュネーブ大学現代アジア研究所客員教授、ILO国際労働問題研究所訪問研究員を経て、創価大学経営学部教授。著書に『グローバリゼーションと「労働」に関する研究』など。