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成長する人と組織――人的資源の可能性
栗山直樹

(2006年3月7日付)


“適切な自己中心性”
世界市民としての自覚と行動へ


 アフリカには二つの飢えがある。小さな飢えは生活やカネに対する欲求。大きな飢えは「人生は何のためにあるのか」という問いへの飢えだ。

 アフリカの動物王国を舞台にしたミュージカル「ライオンキング」。世界で何年もロングランを続けている人気作品である。主人公は獅子王の子である。星空のもと父から王の指針を教えてもらったが、その意味が理解できないでいた。そして叔父がハイエナたちと謀略を結び、父は殺されてしまう。子は叔父に責任を押しつけられ、自分は必要とされていないと思い込んで王国を去った。

 獅子の子は、外の世界に出て、他者との関係の中で、自分自身を見つめ直していく。そして、自分の中に父から受け継いだ大事な使命があることを見出す。また、再会を果たした王国の者たちが本当は自分を必要としていたことを知る。

 受け継ぐとは、ただ形だけ受け継ぐだけではいけない。自分の頭で考えて自分のものにしなければならない。他者を基軸に生きるのではなく、まず、自分から始めなければならない。他者のために働くには、まず強靭な自己の確立が必要なのである。

     ◆

 弱肉強食の動物の王国とは違うが、現代の資本主義社会で、人や会社はどのように生き、活動していくべきなのか。英国の経営思想家チャールズ・ハンディーは、このテーマに関して積極的に論じてきた学者である。

 数年前の国際会議で、ハンディーの講演を聞く機会に恵まれた。洗練された語り口と奥深い洞察に、しびれるほど感銘を受けた。会議の参加者にハンディーの近著『飢えた精神』(邦訳『もっといい会社、もっといい人生』河出書房新社)が配られた。冒頭に挙げた二つの飢えは、この本で紹介されたものである。

 市場原理が浸透した社会は、小さな飢えを前提としていると言えるが、大きな飢えに応えてくれるものではない。ハンディーは大きな飢えに応えるのは、あくまでも自分であり、“適切な自己中心性”が基本であると論じる。

 人生の目的は他から与えられるものではない。また初めから決まっているものでもなく、人生を通じて身をもって探求していくものである。自己中心とは自分勝手という意味ではなく、まず自分が成長することで、他者に貢献し、世界をゆっくりと変えていくことができるという。

 次に、自己中心性は適切でなければならない。自分を適切に見出すには、外を見ること、そして他者との関係のなかで自分を確立することが必要である。そして「何のため」という大きな飢えを満たそうとするには、自分を超えた夢がないと、旅のエネルギーを得ることはできない。

 人間には無限の可能性があるが、限界もある。頑張ってばかりでは、心身も壊れてしまう。すなわち、成長には、量的なものには限界があり、質的なものには限界がない。量的な成長を追い求めるのも必要だが、ある時期に質的な成長に転換する適切性が大事なのである。企業も同様で、大企業と対等に渡り合えるドイツの中小企業の強さは、この量的成長から質的成長への転換の成功例であると、ハンディーは指摘している。

 今、世界は、規則を超えて、もっと良いものを目指そうと論じ始めている。法律は最低限の規則である。それを守るだけでは十分ではなく、違法でなければ何をやってもよいという論理を打ち破らなければならない。体制はあくまでも手段であり、それを使っていける個人や組織の責任と行動の確立が望まれている。CSR(企業の社会的責任)の世界的潮流の根幹が、世界市民としての自覚と行動にあることを銘記すべきである。

 責任をもった個人や組織の信頼関係を作りあげてこそ、大きな飢えをみんなで満たすことができる。「ライオンキング」では、裏切りと謀略の叔父が、仲間であったハイエナの小さい飢えの餌食になってしまったのである。

 くりやま・なおき 1960年、大阪市生まれ。創価大学大学院博士後期課程修了。ILO(国際労働機関)本部勤務、日本ILO協会月刊誌「世界の労働」編集長、ジュネーブ大学現代アジア研究所客員教授、ILO国際労働問題研究所訪問研究員を経て、創価大学経営学部教授。著書に『グローバリゼーションと「労働」に関する研究』など。