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成長する人と組織――人的資源の可能性

(2005年9月6日付)


「チャンピオン」について
自分も勝ち相手も勝つWin−Winを実現


 人事は「ひとごと」と読むと、日本語で冗談めいた話がある。人事は他人事のように冷徹に進められるという意味であろう。

 一方、アメリカの経営学の中で人事を積極的に捉えなおし、従業員のための人事という側面が強調されてきている。そして、人事やリーダーの重要な役割を「チャンピオン」と英語で表現されているのを見かける。チャンピオンとはどういう存在なのであろうか。

 チャンピオンという言葉からボクシングを扱った二つの作品を連想する。一つは映画『ロッキー』。ボクシング世界チャンピオンの座をめぐって、どん底から這いあがった男の挫折と栄光を描いている。第1作ではロッキーはチャンピオンの座を逸する結末であった。試合に負けて人生に勝ったというエンディングになっている。

 当初ロッキーは第1作で終わる予定であったと聞く。しかし、結局、物語は完結していないとみなされ、2作目でチャンピオンになるエピソードが作られる。そしてチャンピオンの座をめぐって、以後5作まで物語が続いたのである。人はなぜチャンピオンに熱狂するのであろうか。自身の姿をチャンピオンに投影して栄光を共有したいからなのだろうか。それとも自分たちの代表が覇者になることに栄誉を感じるからなのだろうか。いずれにせよ、チャンピオンの栄光の姿は人々に大いなる栄光と興奮を与える。

 もう一つの作品は、谷村新司氏の作った歌「チャンピオン」である。勝利者となったチャンピオンは負けることが宿命づけられている。衰えを感じながら闘いに挑むが、若い挑戦者と戦い、遂にリングに沈んでしまう。ロッカールームで周りからのプレッシャーから解放され、普通の男に帰れるとつぶやく。チャンピオンの悲哀を見事に表現している。

 チャンピオンを目指す挑戦者は魅力的である。努力の結果、王座につく栄光は人々を魅了する。しかし、一旦チャンピオンになってしまえば、いつかは敗れるという恐れに直面することになる。

 誰かが勝つ(ウィン)と誰かが負けるという戦いでは、誰も永遠に勝ち続けることはできない。勝ちが無限に広がるためには、自分も勝って相手も勝つというウィン―ウィンの関係を構築しなければならない。この概念はビジネス社会や人間関係でたびたび言及されるものである。

 英語のチャンピオンという言葉には、「制覇した者」という意味のほかに、代表者や擁護者という意味もある。個人の制覇ではなく、個人と組織双方に、ウィン―ウィン関係を実現するための旗手としてのチャンピオンが存在するのである。

 アメリカの人的資源管理論の権威の一人であるデイビッド・ウルリックは、『人的資源チャンピオンズ』という本を1997年に著した(邦訳『MBAの人材戦略』日本能率協会マネジメントセンター)。この著作は、人事のあり方を根本的に問い、世界の企業に大きな影響を与えた。

 人事の役割を四つに分け、そのうちの一つを、従業員からの貢献を引き出し、それを企業の成功につなげる人的資源チャンピオンと呼んだのである。この場合のチャンピオンの意味は、従業員の代表としてニーズ(要望)を把握し、従業員たちの目標実現のための旗振り役というものである。従業員のために行動することが、組織の成長につながってくる。

 チャンピオンの役目は、人と組織のギャップを埋める橋渡しをすることである。人は組織の中で、自分が望まれている要求を感じる。その要求に応じるため自分の中にある資源を活用しようとする。しかし、この要求と資源の間にギャップがあることを感じると、人は精神的に落ち込んで「うつ」状態に陥る。

 つまり、要求が過度に高く、自分の持っている資源が大きく不足していると認識すれば、人は要求に押しつぶされた感覚になり、「自分なんて」という敗北感を強くしてしまう。

 反対に資源は多く持っていると思っているが、組織が自分に対する要求度が低いと感じれば、退屈感と同時に期待されていないという疎外感を感じる。人的資源チャンピオンはこのギャップをなくし、従業員をさらに意欲的に諸課題に取り組んでもらえるよう支援する。

 では人的資源チャンピオンはどう要求と資源のバランスが取れるようにするのか。

 第1は、その人が感じている組織からの要求をふるいにかけ、適切なレベルまで課題を下げることである。これはもちろん達成しやすい目標に転換するということではない。重要なこと、重要でないことを軒並み実行しようとしている人に対して、優先順位に気づかせたり、焦点をあてて行動することを促したりすることにより、資源の有効活用を図ろうとするものである。

 第2に、人的資源を増やすことにより、高い要求レベルを達成できるように支援することがあげられる。楽しい雰囲気をつくることや、コラボレーション(協力)やチームワークの場を提供するなど、様々な支援策はある。

 第3には、要求を資源に転換することが挙げられている。修羅場をくぐりぬけてこそ、人は大きく成長する。危機をチャンスにできることは良く知られていることだ。

 このような支援をするために、人事は他人事のように誰かがやるものではない。人事には、組織のあらゆる場所に構成員の貢献を引き出すチャンピオンが必要なのである。

 くりやま・なおき 1960年、大阪市生まれ。創価大学大学院博士後期課程修了。ILO(国際労働機関)本部勤務、日本ILO協会月刊誌「世界の労働」編集長、ジュネーブ大学現代アジア研究所客員教授、ILO国際労働問題研究所訪問研究員を経て、創価大学経営学部教授。著書に『グローバリゼーションと「労働」に関する研究』など。