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成長する人と組織――人的資源の可能性

(2005年8月2日付)


「コーチング」が人気
可能性を信じ自律性引き出す


 「コーチング」が人気である。アメリカでも日本でも職場に限らず、子育てや自分探しなどあらゆる分野でこの言葉が踊っている。コーチングとは何かを説明するために、次の物語をまずお読みいただきたい。

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 Aさんは、幼少期に父親を癌で亡くした。一家の働き手を癌で亡くすことの大変さを痛感してきた彼は、同じ苦しみを持つ人の役に立ちたいと、癌保険で有名な会社に就職した。新入社員の彼は、早く一人前になり顧客に安心な生活を届けたいと、上司からの指示や教えをむさぼるように吸収した。

 上司たちはAさんの前向きな姿勢に応えようと、多くの事を教えた。また、行動しながら自分たちから盗めと、一方的な働きかけをした。やがてAさんは、ある程度の能力がついたが、様々な課題に追われ一時の勢いを無くしてしまった。上司たちも今までの接し方が通用しなくなったことで戸惑い、やがてAさんに落胆した。

 悶々としていたAさんは、偶然エレベーターの中で社長に出会う。社長は「A君、君の事は良く知っているよ。将来を期待している社員だからね。確かお父様を癌で亡くされたんだね」と気軽に語りかけた。そして、B部長に会うようにと一言残して別れた。

 B部長はAさんを歓迎し、話を聴いた。単に聞くだけでなく、Aさんの仕事に対する思いまで傾聴した。そして「何をどうすればそれが実現できるのだろう」と質問し、Aさんからやるべき具体的な行動を引き出した。そしてまた2カ月後に会おうと約束した。Aさんは再び、成長への歩みを進めていった。

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 この物語に、コーチングのポイントをちりばめた。まず、人の成長の段階に応じて、リーダーからの働きかけのスタイルを適切に変えることが重要だということである。意欲が高い新人には、上司からの教示や解説などの上意下達型のコミュニケーションが効果的であるが、やがて自律を促す働きかけが必要となる。

 次の働きかけの一つのスタイルとして、コーチングという双方向型のコミュニケーション手法があるととらえられる。これは、ケネス・ブランチャードなどが提唱したSL理論というリーダーシップ論で位置づけられる考え方である。

 成長とは、自律への過程と捉えることができる。自律するためには、直面する課題の答えを自分で見つけ対処しなければならない。その場合、リーダーが答えを有しているのではなく、相手に答えがあり、相手がそれを見つけ具体的に行動していけるよう支援することが重要である。相手が主役なのである。このようなリーダーシップ・スタイルがコーチングであると言える。

 コーチングがうまく機能するには前提がある。まず、相手は成長のための大いなる可能性をもっていると信じることである。これに関連して、ハーバード大学の教育心理学者ローゼンタールが名づけた「ピグマリオン効果」と呼ばれるものがある。

 ピグマリオンとは、ギリシャ神話に出てくる王の名前である。彼は、自分が彫刻した美しい女性の像に恋をし、生きた人間のように扱う中で、やがてその像に生命が宿り結婚するという物語である。ローゼンタールは、これに因んで教師や医者の気持ちが相手に与える影響が大きいことを「ピグマリオン効果」と呼んだ。

 教師が生徒の事を優秀だと信じたなら、生徒は間違いなくやる気を出し優れた成果を出す。また、医者が患者の回復を確信していれば、薬の効果は格段に違ってくる。ハーバード・ビジネス・スクールの教授だったリビングストンは、職場でも同じ効果があると指摘している。部下の潜在能力を信じ期待する上司は、部下を優秀な人材に育て、大きな成果を示す。

 コーチングする側は、自分に自信がなければ、相手の可能性を信じることはできないし自律的行動を引き出すこともできない。コーチングする側も力がなければ機能しない。

 冒頭の物語で、社長はAさんの潜在能力を期待し確信した。Aさんに無関心でいられなかった。そしてBさんというコーチングに長けた人材に託した。Aさんは新人であり、会社の中で最も大きな成長の可能性をもつ人材である。新人教育こそ、最も力のある人たちが担うべきなのである。

 あと一つコーチングのポイントが隠されている。それはAさんがコーチングによって、仕事の原点を確認したことである。それは「家族の癌の体験を、人のために活かしたい」という精神的価値を伴う倫理的なものであった。仕事の原点は「よりよく生きること」につながっているのである。(創価大学教授)

 くりやま・なおき 1960年、大阪市生まれ。創価大学大学院博士後期課程修了。ILO(国際労働機関)本部勤務、日本ILO協会月刊誌「世界の労働」編集長、ジュネーブ大学現代アジア研究所客員教授、ILO国際労働問題研究所訪問研究員を経て、創価大学経営学部教授。著書に『グローバリゼーションと「労働」に関する研究』など。