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(2004年6月8日付)
5月22日に小泉首相が北朝鮮を訪問し、金正日総書記と会談した。その結果、曽我ひとみさんの家族を除く蓮池さん、地村さんの家族5人が小泉首相とともに帰国、平壌宣言の履行再確認、安否不明者10人の再調査などが約束され、小泉首相からは、25万トンの食糧支援と1000万ドル相当の医療支援の提供、そして平壌宣言を誠実に履行する限り制裁措置を発動しないなどの考えが表明された。
このような結果に対して拉致被害者の家族会は強く反発して、小泉批判を繰り返した。テレビをはじめ各メディアもこの“成果”に対して厳しい評価を下し、家族会の激しい非難口調、小泉首相との会談における“面罵”とでもいえそうな論難、難詰の模様をことさらピックアップして報道した。
ところが、この直後に行われた新聞各社の世論調査の結果によると、小泉首相の北朝鮮訪問を評価する人がいずれの調査でも3分の2以上を占めていた。かなり一方的ともいえるテレビや他のメディアの小泉訪朝批判報道にもかかわらず、日本人の大多数が小泉訪朝を評価していたのである。それとともにメールなどで、被害者家族会の小泉批判の言動に対し、激しい反発の声が多数寄せられていた。
批判のメールと小泉訪朝評価という世論調査結果に直面して、家族会の人々はかなりショックを受けたようだ。しかし家族会の人々の真意や、記者会見で初めにきちんと小泉首相の労に感謝の意を表していた部分がテレビではカットされていたなど気の毒な面があることは、われわれも理解しなければなるまい。
ところで私はそれとは少し違った点に注目した。今回の一連の経緯は、私には「日本人の意識はマスコミどおり、世論はテレビ次第」と考えられていた傾向に、ある部分とくに「外交」への見方の面で変化が出てきたことを示しているように思われた。
それは「外交」という分野における「広いビジョンの不可欠性」と「形式・手続きの重要性」と「感情論・心情論の危険性」を、日本人の多くがかなり理解したのではないか、ということである。
その理解は、現実の外交問題に直面して自然に身についたものだろう。
まず、イラクへの自衛隊派遣問題があった。憲法の条文、国連決議の有無、東アジア安全保障問題、日米関係、国内に残る嫌戦・嫌軍感情など、ビジョンと手続きと感情がからんだ問題であったから、人々は何を最も重く見るかで答えが大きくちがってくることを学んだはずだ。
そして、イラクで人質になった3人と、その家族の言動の問題があった。このときは、政府の警告と自己責任という“手続き”論と、イラクが好きという個人感情論と国家の外交政策とのズレ、あるいは人質解放のためイラクから撤退せよといった個人のための国家政策変更の要求が出た。
日本人の多くが、これらを通じて外交の難しさを理解したのではないか。
日本のメディアの狭いビジョンや情緒過剰、テレビの「喜怒哀楽」中心番組の興奮を超えて、日本人の外交観が一段階進歩し、広いビジョンをもつことの重要性を認識した人が少なくないことを、今回の経緯が示していると私は考えたい。
(創価大学教授)