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(2004年2月10日付)
この1月29日、イギリスで公共放送BBCのトップ二人が辞任した。
昨年のイラク戦争のさいイギリス政府は「イラク軍は45分以内に生物・化学兵器の配備が可能」という政府の調査報告を戦争に踏み切る有力な根拠としてあげていた。
これに対して5月にBBCのアンドルー・ギリガン記者が「首相官邸は“45分以内に……”という部分が誤りであることを知りながら報告に挿入した」とラジオで放送した。
そしてその取材源が国防省の兵器専門家ケリー博士であることを漏らした。その後7月にケリー博士が自殺し、その原因を調査するためにハットン卿を委員長とする独立司法調査委員会が設置された。
その調査過程で情報が即時にネットで公開されている。それによって昨年秋には、“45分以内”という部分は情報機関が作成したもので官邸による捏造ではないが、情報機関の段階で十分に検証されていなかったことが明らかとなった。
この段階でギリガン記者は、“45分以内”という部分を官邸が挿入したと報じたのは「舌がすべった結果」だと認め、またケリー博士の件について謝罪している。
そしてこの1月28日に独立司法調査委員会が調査結果の報告書を発表した。
報告書では、官邸が誤りと知りつつ“45分以内”という情報を発表したというのは根拠のない報道であったこと、このような重大な記事を内部でデスクがチェックしないまま放送するなどBBCの編集体制に問題があること、首相官邸がこの報道を強く否定したのにBBCは十分な対応をとらなかったことなどを指摘している。
そしてこれを受けて29日にグレッグ・ダイク会長とギャビン・デービス経営委員長が辞任し、30日にはギリガン記者が辞職したものである。
イギリスの世論はこの調査報告を「不公平」とみなし、「政府の過失を隠すもの」と見ていて、BBCの報道は大筋では正しいと考える人が多いという。しかしBBCに対する全面的な支持というわけでもなさそうで、昨年秋の段階でも、BBCが、かたくなに誤りを認めず政府と対立したことや、誠実さや真実を伝える姿勢が不十分なことを批判する声が少なからずあった。
ジャーナリズムの最も重要な役割が「権力の監視」だということは万人の認めるところであって、ギリガン記者の報道は重要な役割を果たしたといえる。しかし「真実」という大原則を軽んじた姿勢に批判が出たのもまた当然である。
それに、放送というシステムは電波割り当てという規制が必要なために、行政権力から完全に自由であることはほとんど不可能である。したがって放送が「権力の監視」役をつとめることはきわめて困難な仕事になる。
BBCが、そのような役目をなんとか果たしてきた80年間の実績を高く評価されてきたのは当然である。しかしそのBBCにおいてもこのようなことが起こる。
BBCだけでなくすべての放送局において、経営者は報道部門運営によほどの見識と覚悟を持たなければならないという教訓である。(創価大学教授)
たむら・みのる 1939年、高知県生まれ。東京大学文学部卒業。64年NHK入局、放送文化研究所主任研究員を経て92年より現職。早稲田大学非常勤講師、元日本マス・コミュニケーション学会理事・企画委員長。専門はマスコミ産業論、メディア史。編著に『メディアと情報のマトリックス』、共著に『テレビ史ハンドブック』がある。