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(2003年12月9日付)
今回の総選挙関連のテレビ報道に関連して、テレビ朝日の番組内容に自民党が反発し、開票速報番組への幹部の出演を拒否するという事件が起きた。
民主党が投票日の数日前に政権獲得の場合の閣僚名簿を発表し、テレビ朝日は11月4日の『ニュースステーション』でこれとマニフェストの問題をあわせて約30分とりあげた。自民党はこれが民主党寄りで不公平だとして、9日夜の開票速報番組に党幹部を出席させなかった。その後25日にテレビ朝日の社長が定例記者会見で、これについて“結果として民主党のインパクトが強くなった。その点でわれわれに非があった”と発言した、というのが経緯である。
私の考えでは、まず番組が客観的にみて民主党への肩入れであるならば、それが意図的作為なら大問題、不注意の結果ならお粗末であって、テレビ朝日の責任は免れない。もし肩入れと断定できなければ、それは報道の自由の範囲である。
しかし自民党の出演拒否は別問題である。感情論もあるだろうし、法的・手続き的に何かの規定違反でもないが、国民に対する政治的責任というスジ論的・理論的基準に照らせば、妥当ではない。やはり出演すべきであったと私は思う。
そしてテレビ朝日社長の談話は、一般企業の経営者ならともかく、報道機関のトップとしてはいささか頼りない。編集の最高責任者は、信念をもって編集方針を承認したのだという態度を示すべきであった。
この問題から一歩進めて現在のテレビの政治報道を概観すると、もっと基本的な問題がある。それはテレビで政治をとりあげる場合、政治家という「人」にこだわりすぎていることである。とくに報道局でない社会情報系の番組で目立つことだが、有名政治家なら瑣末な言動でも大騒ぎするという扱いかたが露骨すぎる。
このことは、テレビというメディアが「人」を表現するのに適しているが、思想や歴史を表現するのは不得手だ、という基本的なメディア特性があるためかもしれない。それはバラエティーやワイドショーで見せているのが芸能人の人柄論やプライバシー論であって、芸や芸の精神などではないことにもよく表れている。
しかし抽象的な概念や思想は、映像では表現できない。言葉を使うしかない。そして政治において最も重要な「政策」を語るのは、思想を語ることと同じである。だからテレビは「政策」を扱うことが不得意である。
今回の選挙のさいには「年金」という政策テーマがあったために、生活見通しとか損得計算といった具体的で心情論にも直結する話題性があって、ワイドショーでも扱いやすかった。「イラク問題」も特別なインパクトがあった。
これらについての論議は選挙後さらに盛んになったが、このようにテレビが長期間政策論議をとりあげ続ける経験は貴重である。この経験を生かして、テレビで政策論議を扱う技法をさらに開拓してゆくよう各局に期待したい。
たむら・みのる 1939年、高知県生まれ。東京大学文学部卒業。64年NHK入局、放送文化研究所主任研究員を経て92年より現職。早稲田大学非常勤講師、元日本マス・コミュニケーション学会理事・企画委員長。専門はマスコミ産業論、メディア史。編著に『メディアと情報のマトリックス』、共著に『テレビ史ハンドブック』がある。