![]()
(2003年11月11日付)
10月下旬に発覚した日本テレビのプロデューサーによる視聴率調査サンプル世帯買収事件は、多くの人に衝撃を与えた。当面出ている論点は、テレビ局の視聴率至上主義に対する批判と、視聴率調査に対する信頼を崩壊させたことへの批判を中心に、日本のテレビ界の病弊といってよい部分が論議される形となっている。
週刊誌やスポーツ紙は、日本テレビの視聴率至上主義というありかたとともに経営陣の経営姿勢に対する批判を展開している。某週刊誌には「視聴率を取るためなら塀の中に落ちない限り何をやってもいい」という社長発言の紹介があり、別の週刊誌はテレビ局の組織ぐるみの行為ではないかという疑問を提起したりで、当分話題が続きそうである。
一方、一般紙では制作サイドや専門家の意見を紹介していた。
「放送人が自分の手でテレビを冒涜した」(シナリオライター倉本聡氏)、「テレビマンには高い倫理性が求められ、職業人としての自覚も必要だ。しかし公器に携わる者としての教育がされていない」(プロデューサー大山勝美氏)といったような指摘がある一方で、「視聴率よりも内容を評価すべしというのは正論かもしれないが、現状を踏まえていない。自分はたくさんの人が見てくれることを第一に考えている」(バラエティー作家・安達元一氏)という意見もある(いずれも発言ないしコラムの一部分を筆者が要約)。
理念と現実の乖離が見事に表れているといえるが、今回のできごとは、関係者が現実に流された結果たどり着いたおぞましい犯罪的行為であるから、現実尊重論からスタートしても解決できないと私は思う。
それから視聴率調査に関する論議もあり、調査がビデオ・リサーチ社の一社独占になっているのはよくない、サンプル世帯数600は少なすぎる、という指摘が目立った。しかし複数の会社がテレビ界という狭い市場に乱立すると、共倒れになるか、安かろう悪かろうのドロ沼に陥ってしまう恐れもある。
新聞、雑誌の世界でも部数を調査する第三者機関はABC協会という一団体のみである。またサンプル世帯数を多くした場合、テレビ局がどの程度コスト負担をする意思があるかは不透明だし、データの精度が上がればますますコンマ何%の数字を獲得するために血道を上げることにもなりかねない。
買収の影響を少なくするためにサンプル世帯を増やせという意見もあったが、これは最初から買収を前提とした考え方であって論外であり、組織的に買収されたらやはり影響は出る。
本来、視聴率とは中立的なものであって、調査作業に対して調査対象側が干渉しないのがモラルである。民放、NHKあわせて約4万人、それにプロダクションや広告主の広告部門の人々を加えてもせいぜい5万人程度、それも選ばれた知的業務に従事する人間にそれができなくてどうするのか。これはインターネットのような匿名性に隠れていたずらをするような世界ではない。もちろんビデオ・リサーチ社の一層の努力も必要だろう。
そもそもこの問題は、テレビ局と広告主が視聴率を広告費に連動させるために起こったものである。本質的に考えると、国民がテレビ放送という事業を認めているのはテレビの文化的貢献に期待しているためであって、△△資本に儲けさせるためではない。
テレビ局は利潤最大化を図らずに、組織を維持し、良い番組を放送することが可能な範囲の収入を得ればよいとする「メンテナンスの経済」に方向転換するべきである。
たむら・みのる 1939年、高知県生まれ。東京大学文学部卒業。64年NHK入局、放送文化研究所主任研究員を経て92年より現職。早稲田大学非常勤講師、元日本マス・コミュニケーション学会理事・企画委員長。専門はマスコミ産業論、メディア史。編著に『メディアと情報のマトリックス』、共著に『テレビ史ハンドブック』がある。