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メディア月評

連載コラム
「放送メディア月評」
創価大学教授・田村穣生

【3】



世界陸上、ユニバーシアード、6者協議
視聴率本位で、解説や伝える視点に難あり

(2003年9月9日付)

 8月下旬はパリの世界陸上、韓国のユニバーシアード、北京での6カ国協議などビッグイベントの国際テレビ中継が多かった。しかし問題の取り上げ方や伝えるさいの視点に関してはいささかものたりなかった。

 世界陸上は“日本選手が勝つか、メダルが取れるか”ということだけにこだわってテレビ中継のスタッフは大騒ぎした。おまけに中継の司会役に人気俳優の織田裕二を起用してしゃべらせることまでやったが、これは真面目な陸上競技ファンや陸上競技そのものに対して失礼ではないか。視聴率を上げるのが至上命令だなどというのはテレビ局が勝手に言っていることであり、そのためには芸能人・有名人を使えばよい、というのは安易すぎる。

 ユニバーシアードの報道にいたっては、北朝鮮が送り込んだ若い女性の大応援団を“美女軍団”などともてはやすばかりだった。この応援団を送り込んだ北朝鮮の政治的意図が、北朝鮮に対する韓国国民の親近感を高めて反米闘争に協調する機運を推進しようとするものだったことについては、はじめから各マスメディアが指摘していた。

 この応援団が会場入りした直後のTBSのニュースで専門家が北朝鮮の意図を説明した時、長峰由紀アナウンサーが「なんだ、それなら昔からある色仕掛けじゃないですか」とズバリ切り捨てたのは、まことに明快であった。しかしそのあとの各局の報道ぶりは、応援団女性をアップで映し、むりやり声をかけ、韓国人男性に感想をしゃべらせることのくり返しばかりで、うんざりしたのは私だけではないだろう。

 北東アジアの国際関係を長期的に展望した場合この応援団派遣はどういう意味があるのか、という観点から論評すればそれで十分なのだ。芸能・娯楽ではない深刻な国際問題を人気・話題論から切るなどというやりかたは、日本のテレビの軽薄体質と視野の狭さを宣伝しているようなものではないか。

 北京の6カ国協議のテーマは北朝鮮の核問題であった。この問題は北東アジア全体の安全保障にかかわる深刻な国際問題である。日本政府はここで拉致問題を取り上げるべきだとして各国に働きかけた。

 「その問題は日朝2国間協議で解決すべきだ」という各国の反応はスジ論として当然である。しかし日本において拉致問題は、テレビその他マスコミの扱い方もあって完全に心情論の問題になっているから、これを論理、スジ論で説得するのはむずかしい。また外交はそれなりの形式・手続きにしたがって行われるもので、ところかまわずホンネをぶつけることとは正反対のものであることを理解していない人も多い。

 幸いにしてアメリカが発言の中で拉致問題に触れ、また司会役の中国の配慮で2国間協議とはいえなくても2国間で話し合いができるように設営されていたために、それを活用して今後の交渉の可能性をつなぐことができたというべきだろう。

 この会議についてのテレビ報道は経過情報と出席者の映像が多かったが、重村智計、伊豆見元、小此木政夫ら北朝鮮問題の専門家が出演して話すときには「さすが」と思わせる解説があった。しかし彼らには拉致問題よりも北朝鮮問題から北東アジアの政治状況の展望まで広い視野からの話をしてもらうべきだと思う。ここにも日本のテレビの国際問題に対する視野の狭さと、心情論に傾斜する体質が現れている。


 たむら・みのる 1939年、高知県生まれ。東京大学文学部卒業。64年NHK入局、放送文化研究所主任研究員を経て92年より現職。早稲田大学非常勤講師、元日本マス・コミュニケーション学会理事・企画委員長。専門はマスコミ産業論、メディア史。編著に『メディアと情報のマトリックス』、共著に『テレビ史ハンドブック』がある。