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(2003年6月10日付)
SARS(新型肺炎)関連の報道は、人々がマスコミに求めていることを明らかにしている。マスコミは初めに、新しい病気の出現で世界中が震撼している様子を伝え、SARSの正体・被害、社会的混乱などの現状の把握に努めた。一連の出来事がメディアを通して語られることで、意味のある流れが描かれ、人々はこの新しい病がなんであるかを理解してきた。
マスコミは、SARSのリスク(危険)の「真実」を知らせるため、詳細かつ正確な情報を与えようと、政府発表や専門家の知識を伝える。しかし、メディアも一般市民も専門知識がないので、他者の意見を聞いて、事態を判断する。SARSの恐ろしさや被害も、その内容の選択はメディア自身よりも、情報源によって作られる。こうした報道を通して、この事件・政府発表・法案・社会的状況をどう判断するのかという視点を創ることになる。
SARSへのリスクは非常に政治化されている。各国政府・政治家たちは、市民に、わが国は安全であると科学を用いて説得し、政治の「正しさ」を主張しようとする。エビアン・サミットでは、各国首脳はSARS対策のため、世界保健機構(WHO)と密接に連携することを採択。小泉首相も、SARS制圧への協力を約束し、国民に安心感を与えた。
日本政府は、SARS発生当初から、海外から入国する人々には検査を行っており、国内には感染者は皆無であるから、日本は安全と示唆。さらに、感染地帯への渡航延期勧告を出し、感染地帯からの帰国者には、10日間の自宅待機を求めた。
当初は、自宅待機に疑問を提示する記事等も掲載されたが、次第に、そうした記事はほとんど見受けられず、市中では、この勧告に従うのが道徳的に当然とされた。強力な道徳的検閲をもった状況や環境が創られた。
しかし、現在は、SARSが下火になったように見られることから、実業界は、この厚生労働省の指導がビジネスの再開に影響を与えているので、指導の緩和を求めると報道される。しかし、国内の大手企業は、まだ、慎重なようだ。
さらに、SARSに罹患した台湾人医師の宿泊した小豆島のホテルが「当面、外国人を断る」方針と伝えた記事を読んで、日本に「人種差別撤廃法」の制定を求める、日本国籍の外国人の投稿も掲載されている。(6月2日付朝日新聞東京本社版「私の視点」)
週刊誌などは、不法入国の中国人や、今後、入国してくる中国人留学生に感染者がいるかもしれないと伝える。誰が感染者か分からないから、異常に外国人(と思われる人)を恐れるのであろう。
戦前の欧州では、誰がユダヤ人か分からないから、より一層恐れられたという史実を思い出す。SARSの伝播は、道徳的・政治的に悪とされるから、人々は感染源になりそうな人を排斥しようとする。
マスメディアは、感染源となる可能性の多寡にかかわらず、外国人を不必要に恐れる報道を通して、日本社会は、異質なもの、外から来るもの、外国人に怯え、排斥する傾向が強いという文化を表象し、再構築している。
こうした報道は、道徳的注釈や個人的見解や情緒的反応を引き出す。現在の日本という、時間的・空間的な場における、一つの明確な状況の産物であり、社会の精神状態と恐れを示している。
メディアによるSARS関連のニュースの伝え方で、人々は「合理的」判断をする。しかし、人々が合理的かつ論理的な行動をとるかどうかは、社会的・文化的経験と社会状況によるのである。(慶応大学非常勤講師)