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報道分析:社会人類学の視座

原麻里子

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ブレア英首相の説明責任“能力”考
日本も情報発信・議論のできる国語教育を

(2003年4月8日付)


 英国議会でブレア首相がイラク攻撃に関する自説に反対する議員たちを説得する態度は、民主主義・議会制度の手本として、日本のマスコミでは、高い評価を得た。小泉首相と異なり、説明責任を果たしているというのであるが、ブレア首相のスタイルは、まさに、英国文化であり、英国の教育の賜物なのである。

 ブレア首相が通ったオックスフォード大学とケンブリッジ大学では、学部の学生を対象にしたスーパービジョンシステムというものがある。これは英国でも、両大学のみが行うエリート色の強い教育システムである。

 学生たちは1週間に平均2回(1回1時間)のスーパービジョンを受ける。多くの場合、教員一人に学生が二人。学生たちは、課題のエッセーを書き終えて、この時間に臨み、対話を通じて、議論の組み立てを学んでいく。

 ケンブリッジ大経済政治学部の原千秋講師は、スーパービジョンで学生を教えることにより、「抽象的な議論や概念を正しく簡潔に伝えること、相手の話を集中して聞き、自分の考えとの間にいかなる相違や誤解があるかを察して、相手を説得していくことを学んだ」と謙虚に語る。

 実は、これこそが、学生に求められるものである。自らの見解の価値を聞き手に説得し、自らの目標に到達する。他者に彼らの意見を変えさせ、自分に同意させることが重要なのである。論争に勝つというよりも、相手を説得するのである。

 そして、英国人は、意見が異なるからといって、それが人格とはなんら関係がないと考えている。英国の大学院では、リサーチ学位取得試験の際に「バイバ」という口頭試問が行われる。ここで、院生は挑戦的な質問に対し、自らの研究で得た結果を駆使し、議論を組み立て、己の説が正しいと説得する。バイバというのは、まさに「生き残り」という意味である。

 千葉大学文学部の和泉ちえ助教授(古代哲学・科学専攻)は、「ギリシャ数学が科学の中心として残ったのは、万人に分かる言語で、理解しない弟子たちに説明し、説得したから。その一方、中国にも同レベルの数学があったにもかかわらず、『師宣わく』という形で教育がなされ、弟子に明確な説明をしなかったため、現在まで残らなかった」と語る。

 新しい発見や知識も万人に分かるように、明晰に言語化して説明し、説得することによって、誰でもが利用可能な全人類の財産になっていく。私は1月14日付の本欄で、英国では、社会的に成功している人には、大学で好成績を修めた人が多いと書いたが、その典型がブレア首相と言えるというのは、読者にはお分かりいただけよう。

 英国では、サービスや商品に不具合があった時に、客のクレームだからと無条件に補償されない。客は賠償を求めるのは正当であると議論を組み立て、相手を説得しなければならない。英国社会では、日常生活においても、誰もが必要とされるのがこの技術だ。日本には説明責任を果たせる人物が極めて少ないのは、異なる意見を持つ人を排斥するという社会のあり方にも問題がある。

 国語教育に注目しよう。ここでは、他者の言わんとしていることを受動的に解釈し、解釈を同じくしないと減点されるという教育を施し、異なる解釈をでき難い日本人を作り上げていく。もっと情報発信型・議論のできる国語教育を行うべきである。マスコミには、算数・理科・英語教育等に続いて、国語教育の変革に関しても、意見を提示してほしい。(慶応大学非常勤講師)