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(2003年2月11日付)
イラク攻撃に対する国連安保理決議の動向に関するニュースが騒がれている。英国のブレア首相は、米国のブッシュ大統領寄りで、仏独という他の欧州の大国のスタンスとは異なる。
近年の英国は、フォークランド紛争・湾岸戦争・コソボ紛争では、積極的に軍事的手段を取った。しかし、ボスニア紛争に関しては、1992年4月の紛争勃発時から1995年7月の大虐殺の後でも、英国は軍事介入を躊躇し、他国の介入にも反対した。
もし、英国が迅速に軍事介入を行えば、ボスニア紛争はもっと早く解決できたとして話題を呼んでいる本がある。2002年冬、BBC放送がノンフィクションの書籍に与える「サミュエル・ジョンソン賞」の最終候補作に残った『最悪の時:英国とボスニアの崩壊』(ブレンダン・シムズ博士著=ケンブリッジ大学講師、歴史・国際関係論)である。
保守党のメージャー政権下、ハード外相は、「一国が他国に侵攻した湾岸戦争とは異なり、ボスニア紛争は内戦である。国益にはならない」として、ボスニアへの軍事介入に反対。これに対し、サッチャー元首相は迅速な軍事介入を強く求めた。しかし、労働党、官僚、マスコミ、論壇という公共空間も政策の変更を促すような行動を取らなかった。それ故に、ボスニアの悲劇を招いたという。
シムズ博士は、政府の政策を転換させることが出来なかったのは、英国には市民革命がなかったからとしている。この点について、ケンブリッジ大学研究員でもある早大政経学部の堀眞清教授は「こういう本を著せること自体が(英国に)民主主義が存在するということ」と話す。
確かに、ボスニア紛争は90年代の出来事であり、内閣・外務省・軍事などの資料は25年間以上は非公開である。そこで、シムズ博士は、新聞・雑誌記事、論文、回顧録、関係者へのインタビューを資料に執筆。
匿名を望む人もいたが、相当数の人々が自分がかかわった、きな臭い歴史を進んで語ったことは注目に値する。関係者が存命中のみならず、在職中に、検証することの重要性は計り知れない。歴史を振り返り、同じ過ちを繰り返さないという人々の意識の高さかもしれない。
この本は、9・11同時多発テロとアフガニスタン侵攻直後に発行されたので、ほぼすべての高級紙に取り上げられた。“米国は反イスラムか”という論点に対し、“ボスニアのムスリムを支援したではないか”というわけである。
しかし、この本の中で、英国右派の知識人が、「ムスリムは非白人のことが多いが、ボスニアのムスリムは白人であるという事実によって、彼らは『政治的に正しい』とされる」という考えを披露。英国では、人口調査の際に、皮膚の色で人口を分類するが、このコメントもエスニシティ(民族性)を肌の色で見る英国人らしいといえる。
この本はまた、ボスニア紛争に関する英国の政治史における「草稿」と紹介されている。
高木徹著の『戦争広告代理店』では、米国の広告代理店がボスニア・ヘルツェゴビナ共和国政府のために情報操作を行ったことが明らかにされている。博士にはこの点に関する研究も進めてほしい。
英紙『オブザーバー』は、この本を「外交史のみならず、90年代初期の政治・軍事エリート、知識人に関する厳しい文化研究である」と称賛した。日本でも政策プロセス決定過程の透明化が求められ、マスコミにその役割を果たすよう期待が高まっている。