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【グローバル社会は今 3】
加瀬みき


20年ぶりに訪れたオスロで考えたこと

冷戦後も変わらぬ戦略的重要性と緊張感

(2002年9月17日付)

 約20年ぶりに訪れたノルウェーの首都オスロは相変わらず吸殻ひとつ落ちていないほど整然とし、人々は愛想よく、まじめで時間厳守という気質も変わっていなかった。

 冷戦中のノルウェーは平穏な表向きとは裏腹に、ソ連と国境を接する北大西洋条約機構(NATO)の加盟国として北の最前線の砦であった(他に接したのはトルコのみ)。190キロに及ぶ両国の国境の両側にはソ連側には緑と赤、ノルウェー側には黄色の柱が4メートル毎に冷たく並んでいた。

 第2次世界大戦中からの領土問題、これに伴う漁獲範囲、地下資源の権利など経済問題もあった。北極海から大西洋への出口であることからソ連の原子力潜水艦はノルウェー近海に配備されていた。

 政府や軍の関係者は、風景が変わらないように、今も両国の関係は基本的には変わっていないという。領土問題はいまだ解決せず、ロシアの原子力潜水艦は益々北に集中している。ロシアの経済難が深刻になるに従い、核に纏わる事故や密輸はより深刻な問題となっている。潜水艦クルスクの惨事は記憶に新しい。

 ノルウェーという小国にとってロシアは相変わらず隣の巨大な熊であり、熊が寝返りをうつとつぶされる恐れがある。ノルウェーにとって防衛戦力そして抑止力の要はNATO、より具体的には米国であることも米国の核の傘に守られていることも変わっていない。

 国土の戦略的重要性は裏を返せば危険への露出度の高さを意味する。しかしノルウェーには中立・平和主義の長い歴史がある。NATOの設立メンバーとなったものの、この伝統とソ連への刺激を避けるという配慮から、軍事貢献には厳しい自己制約を課してきた。

 日本同様、核の製造も持ち込みも禁じているばかりでなく、他国軍の常駐ましてや基地を一切認めていない。この制約の中、同盟国の支援を確実なものにするため集団防衛への貢献努力がなされてきた。

 一時期はGNPの4%を超えた軍事費が示す自国軍の整備はもちろんのこと、米軍を初め英国、カナダ軍等とノルウェー北部での共同厳冬訓練を推奨し、ノルウェー海軍士官の多くが英国海軍学校で机を並べ、実務訓練に参画するなどオペレーションの互換性をはかり、人的ネットワークを築いてきた。

 アフガニスタンの極限地域へ派遣された英国特殊部隊もノルウェーで訓練している。また他国軍の常駐を認めないというものの、前線支援装備の貯蔵は積極的に認めてきた。

 これらに加えノルウェーを無くてはならない加盟国にしているのは、卓越した諜報活動に由来している。ソ連のミサイル配備や潜水艦の動き、ソ連側の交信とシグナル・インテリジェンスの収集や分析に貴重な貢献をし、米国にも一目おかれている。

 また首相や国防大臣はノルウェーの国民感情が課する自己制約が、特に米国との関係を損なわないばかりか逆にノルウェーへの特別配慮をもたらすよう、もち札を上手く利用すると同時に欧州防衛戦略にかかわるアメリカの政治家や軍関係者と公式のつながりとともに個人的なパイプを築いてきた。

 冷戦終結後のノルウェーは、平和主義の伝統を生かし、パレスチナとイスラエル間の「オスロ合意」を仲介し、ボスニア平和交渉に貢献している。同時に軍はより積極的に域外戦闘に加わっている。湾岸戦争時は病院船の派遣にとどまったが、コソボ紛争にはF16戦闘機、アフガニスタンには地上軍が派遣された。

 ロシアの脅威が聞かれなくなり、ノルウェーの対ロシア装備や情報は相対的価値が下がっているだろう。しかし、拡張主義の伝統のある大国に面した小国は、制約を抱えながらも可能な限りの外交的、軍事的貢献を怠らない。世界の平和に貢献すると同時に同盟国の支援を確実にするための最善の自己防衛戦略であろう。

(アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員)