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(2002年10月29日付)
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)により拉致された5人の日本人が、一時帰国した。国家テロの犠牲となった方々の一部が無事帰国を果たしたことは喜ばしいものの、帰国を果たした方々への連日の過熱報道を眼にするにつけ、帰国を果たせなかった方々の家族の思いは、いかばかりかと、胸が締めつけられる。
そもそも、メディアは帰国した方々、そしてその家族の方々の喜びを、堂々と報じられる立場にあるのだろうか?
日朝会談を受けてNHKが特番を組んだ際、出演した横田めぐみさんのお母さんは最初に「今日、このような結果が知らされたが、まずもって、なぜマスコミの方々が、この拉致事件について、前々からもっと大々的に報道してくださらなかったのか、という思いでいっぱいです」という趣旨のことを述べていた。
メディアがその力をもってすれば、世論を巻き起こし、政府をも動かすパワーを発揮できたかもしれなかったにもかかわらず、それを怠っていたことへの、精いっぱいの鉄槌の言葉であった。その無念の思いはいかばかりだったか。重みのある言葉だった。
メディアは、拉致事件の真実を正確に伝えようとし、問題解決のために力を尽くしただろうか。やはり答えは否である。左図は、1990年から2001年にいたるまでの12年間に、朝日・毎日・読売の全国3大紙で、「北朝鮮・日本人・拉致」のキーワードと「北朝鮮・核開発」のキーワードで検索をした結果、ヒットした記事数の合計を1年ごとにまとめたものである。新聞別に大きな差はないので、合計で扱った。
この図を見て一目瞭然だが、新聞は1996年までは、ほとんど北朝鮮による拉致疑惑を「黙殺」していたことが分かる。90年代のはじめは、わずかに扱っているとはいっても、大韓航空機事件で拘束された金賢姫の日本語教育係「李恩恵」にかかわる記事であり、他の拉致疑惑についてはほとんど触れずじまいである。
もちろん、メディアの側にも言い分はあろう。国交がないがために、断片的な情報しか入らず、推測だけでは取材に基づいた記事が書けないということがその最大の理由であろう。
拉致事件打開を図っていく努力をするよりも、むしろ「友好」「国交回復」という甘い幻想に踊らされ、テロ国家であるにもかかわらず、相手の言い分を鵜呑みにしてコメ支援などを後押しし続けてきた「マヌケな」政治も、焦点を曇らせてきたかもしれない。
こういった、政治の側での政策判断の誤りはさておき、拉致問題にしても、核開発の問題にしても、事件が起きたり、米国から情報がもたらされたり、政治的な俎上にその話題が載せられることで報道量が増えるというだけでは、どうしても報道が受け身となり、情報発信した側に議題設定されることで、結果的に世論をミスリードしてしまう結果にもなりかねない。
拉致被害者の家族の方のような、草の根の「声なき声」により敏感になり、世論を創り上げていく努力を果たしていくことが、メディアにとっての拉致被害者の方々へのひとつの「償い」になるのではないだろうか。
(明治学院大学教授)