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メディア月評

連載コラム
「メディア月評」
明治学院大学教授・川上和久

【8】



消える「ザ・スクープ」(テレビ朝日)
守れるか、調査報道の灯

(2002年8月27日付)


 テレビ朝日の報道番組、「ザ・スクープ」が、この9月一杯で打ち切りという方針が示され、関係各方面に大きな波紋を投げかけている。

 「ザ・スクープ」は、1989年10月に、「サンデー毎日」編集長だった鳥越俊太郎氏をメーン・キャスターに迎え、とかくテレビ報道が、現在進行形で、そのときの出来事を追うのに手一杯だった現状に風穴をあけ、じっくりと腰を据えた取材や調査で、事件が起きた社会的背景などを解説することを使命とした。

 「ザ・スクープ」のプロデューサー、原一郎氏は番組のホームページ(http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/)の中で、番組が始まった当時の狙いとして、「放送開始当時は、テレビ報道は速報性・同時性のメディアという考えが強く、中継などを駆使して事件や事故などの第一報をリアルタイムに伝えていましたが、『本当のところどうなのか』『その裏側に何があるのか』という調査・検証報道は新聞や週刊誌に遅れを取っていました」という、当時のテレビ報道が置かれた現状から、「デイリーニュースの深層に潜む『真実』や『人間ドラマ』を鋭くえぐり出そうと考えました。第一報とは、そのほとんどが政府や警察など権力側が発表した『事実』であって、えん罪事件の例を見ても分かる通り、往々にして『真実』ではないからです」と記している。

 「ザ・スクープ」は、実際、ときとして新聞報道以上に現場主義にこだわり、10人ものディレクターを擁して、手間隙かけて真実の掘り起こしに努め、権力が発表した事実の欺瞞や情報操作を突いてきた。

 その象徴的な例は、1999年の、桶川女子大生ストーカー殺人事件だろう。警察のずさんな捜査や、マスコミによる人権侵害の問題点を抉り出したことで、鳥越氏は2001年の日本記者クラブ賞を受賞している。

 筆者も、2001年11月に、9・11テロとアメリカによる情報操作をテーマにした特集で一度だけ出演させていただいたことがあるが、スタッフ・ルームも、真実を掘り起こしていこうとする熱気に溢れ、「放送ジャーナリズムもまだまだやるじゃないか」と感心したし、活字ジャーナリズムあっての報道という偏見を半ば持っていた自分自身を恥ずかしく思ったことを覚えている。

 そんな「ザ・スクープ」が、なぜ打ち切りにならなければならないのか。

 ひとつには、こういった手間隙かけた良質な番組ほど、制作費がかかることがあげられる。調査報道は、事件の現場を放送して終わりではなく、時間をかけて取材しなければならず、しかも、思ったような成果があがらないこともある。労多くして益少なしの典型だ。企業論理から言えば、「不採算」ということになってしまう。

 また、番組開始時間が昨年10月、日曜午後6時台から土曜午前に移され、放送エリアも全国から関東、東海地区などに縮小されるなど、視聴率の伸び悩みも影響している。

 しかし、こういった良質な調査報道番組が姿を消し、バラエティー番組やワイドショー番組で、朝夕刊の記事を解説したり、政治家の言葉尻を捉えることで、視聴者は果たして真実を知る眼を持ちえるのだろうか?

 テレビ朝日の放送番組審議会でも、打ち切りを惜しむ声が相次いだという。視聴者側から、番組の存続を求める会も立ち上がっている。多数の満足を求め、娯楽性を追求するだけがテレビの使命ではない。逆風にさらされる良質な報道番組の行方は、私たちが望む社会の衰亡をも象徴的に示しているのではないだろうか。

(明治学院大学教授)