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(2002年6月25日付)
サッカーファンのみならず、日本国民の多くが待望久しかった日韓W杯世界大会が、5月31日に韓国・ソウルでのフランス・セネガル戦を皮切りに幕を開けた。
グループリーグH組の日本が戦った6月4日の対ベルギー戦での初めての勝ち点1、6月9日の対ロシア戦での勝利、そして6月14日の対チュニジア戦での鮮やかな勝利と決勝トーナメントへの進出は、日本中を熱狂させ、巷に、にわかサッカー評論家を溢れさせた。見知らぬ者同士でも、一緒に繁華街で「ニッポン」コールを巻き起こしながら喜びを分かち合う様を見ていると、日本中が、これだけ一体感を共有できたのは、何年ぶりだろうという感慨すら沸いてくる。
これだけの一体感は、1964年に開催された東京オリンピック、1972年の札幌オリンピック、1998年の長野オリンピックの、日本で開催された3回のオリンピック以来の出来事かもしれない。
30年以上前の東京オリンピックでは、日本がようやく終戦後の痛手から高度経済成長を遂げ始めた頃でもあり、選手たちに対しても、国威発揚を担う期待をかけているような部分もあった。しかし、今回のW杯では、割れるようなサポーターたちの「ニッポン」コールはあったものの、それぞれの選手がベストを尽くして、結果として日本チームに勝ってほしいという、国威発揚とは別次元の一体感があった。
もちろん、オリンピックやW杯などの国際スポーツ大会が、国と国の思惑がぶつかり合う国際政治に翻弄され、結果として国威発揚に利用された例は多くある。1936年のオリンピック・ベルリン大会はヒトラーのナチスによる国威発揚の手段として使われ、W杯も34年のイタリア大会が、ムッソリーニによって国威発揚に利用された。
96年5月31日にチューリヒで行われた国際サッカー連盟(FIFA)で、2002年W杯を韓国と日本の共同開催とすることを決定した際も、スポーツ史に残ると言われた、政治的思惑に満ちた激しい招致合戦が行われた。だが、こういった負の側面があるにせよ、国民をこれだけ心理的に一体化するイベントは、戦争をおいて他にはないといっても過言ではないだろう。
そして、言うまでもなく、このような一体感を醸成する統合機能を果たしているのがマスメディアである。今回、マスメディアによって報じられたW杯をめぐるさまざまな報道は、イベントとしてのW杯に、まさに全国民を巻き込んでいく、認知的動員機能を果たしたと言ってもいい。
戦争報道や政治報道においては、いたずらにセンセーショナリズムを煽る手法が、誤った方向に国民の判断を奨導しがちとなるが、ことW杯に限って言えば、「ハレ(祝祭)」としての非日常空間を演出するプラスの方向に機能したと評価したい。
W杯という、「ハレ」の疑似体験から「ケ(日常)」に戻ったとき、できることならば、私たちは、それが戦争という悲惨な出来事での国と国とのぶつかり合いでなく、平和なスポーツにおけるそれだったことに思いを致しながら、マスメディアが統合する「ハレ」の高揚感と同時に、その危うさも自分たちの体験として刻み付けておきたいものである。
惜しくも日本チームは決勝トーナメントでトルコに敗れたが、戦いが終わり、健闘を讃えつつ、惜しみない拍手を送っていたサポーターたちの姿は、マスメディアによって統合された多くの人たちの、平和でかけがえのない「ハレ」体験への感謝の心象風景でもある。
(明治学院大学教授)