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メディア月評

連載コラム
「メディア月評」
明治学院大学教授・川上和久

【5】



中国・瀋陽の日本総領事館事件
外交とメディア報道との悪循環が

(2002年5月28日付)


 5月8日、中国・瀋陽の日本総領事館に、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の住民5人が亡命を申請しようとし、中国警官に総領事館内で身柄を拘束された事件は、紆余曲折を経て、15日後の23日に、5人全員がフィリピンのマニラ経由で韓国ソウルに到着し、一応、一つの幕切れを迎えた。

 中国政府は、北朝鮮住民の人権を優先して第三国出国に踏み切ったことで、人道上の問題を重視したとの評価を得ることができた。

 一方で、日本政府は、領事関係に関するウィーン条約に規定された「領事関係の不可侵」に違反するとして中国政府に抗議しているものの、この2週間の間に、外務省の調査結果で指摘されているように、危機管理意識のなさがさまざま露呈され、むしろ日本政府の無策ばかりが浮き彫りとなってしまっている。

 瀋陽付近には、北朝鮮関係者が多数おり、今回のような事態は想定されていたにもかかわらず、アメリカ総領事館のように、門を完全に閉ざしておらず、開館時間中は正門を開放状態にしており、日本の総領事館に亡命を試みたのも、正門が開いていたのが理由となっている。

 にもかかわらず、亡命希望者が領事館内に入ってきたときの処置、中国の警察が総領事館内に入ってきたときの対応、連絡体制の不備など、主権国家としての毅然とした対応に欠けていたとの批判を受けてもやむを得まい。

 ところで、言うまでもなく、今回の事件がこれほどまでに一般国民の関心を集め、総領事館の対応に対する批判も集中したのは、この亡命未遂劇を映し出した、衝撃的な映像が配信されたからである。

 韓国で亡命を支援するNGO(非政府組織)は、数十団体にも及ぶと言われ、亡命希望者が中国の外国大使館に駆け込む日時などを報道機関に事前に通知して、当局が手荒な対応をすることがないような仕掛けを作っておく。

 今回も、事前連絡を受けた韓国の聯合ニュースが総領事館正門前の高い位置から亡命を試みる様子を撮影し、AP通信などを通じて世界に配信されることで、中国側の人道的配慮へのプレッシャーになったと同時に、日本側の対応のまずさもこの映像によって浮き彫りとなった。

 もし、この映像がメディアを通して世界中に流れることがなければ、いわゆる「当局発表」しか真相を確かめる手段はなく、中国側・日本側お互いの主張が食い違ったまま、5人に対する人道的配慮が為されなかった可能性すらある。その意味では、今回、NGOの努力でメディアによる映像が配信されたことは、評価されよう。

 しかし、一方で、あまりに映像が衝撃的だったために、映像によって世論がコントロールされ、映像化された部分以外が、いわば矮小化されてしまう危険性も、常に認識しなければならない。総領事館への駆け込みを阻止された、いわば気の毒な家族が無事韓国への出国を果たしたということだけで、メディア報道的には、この問題は次第にニュース価値が減じていってしまう可能性が大きい。

 しかし、その陰に、地味な問題ではあるが、これからも続いていくであろう、北朝鮮からの亡命希望者に、わが国がどのように対処したらいいのか、システム上の欠陥が露呈した外務省の対応について、起きてしまったことはともかく、これからどうしていけばいいのか、メディアが発掘すべき素材はまだまだ多い。

 衝撃的な現象面に振り回されず、これからのシステム的な対応について、調査報道を地道に続け、行政の緊張感を促すことが、メディアに課せられた使命ではなかろうか。

(明治学院大学教授)