【Seikyo Media Page】Copyright (C) 1997-2002 by The Seikyo Shimbun.



メディア月評

連載コラム
「メディア月評」
明治学院大学教授・川上和久

【3】



鈴木宗男スキャンダル報道への疑念
政と官、行政の公平・透明性に迫らず

(2002年3月26日付)


 このところ、週刊誌の売れ行きが絶好調であるとのニュースが、テレビや新聞でも報じられるほど、低迷していた週刊誌の売れ行きが回復している。その「救世主」となったのは、言うまでもなく、鈴木宗男衆院議員だ。メディアにとって、鈴木宗男衆院議員は、格好のダーティー・ヒーローとなり、数多くの疑惑が取りざたされている。

 実際、3月11日の証人喚問で焦点となった、北方4島支援事業の入札への関与(国後島の友好の家、色丹島のプレハブ診療所建設、択捉・色丹・国後島のディーゼル発電設備設置工事)、ロシア大使館幹部の監視活動に対する警察庁へのクレーム問題、駐日コンゴ臨時代理大使の人事介入やコンゴ人秘書をめぐる疑惑、ケニアのソンドゥ・ミリウ水力発電事業にかかわる疑惑、タンザニアの「スズキホール」建設費送金など、数多くの疑惑が取りざたされ、テレビや新聞の証人喚問に関する報道でも、その疑惑が解明されたとする報道は皆無。ますます疑惑が深まったという論調が支配的だった。

 こういった厳しい世論が、その後の鈴木議員の自民党離党にもつながっている。外務省報告にもあるように、鈴木氏の意向が突出して重視され、行政の公平性・透明性に疑念を抱かせたという点で、川口外相が掲げる「国会議員の不当な圧力の排除」を目玉にした省改革が急がれるのは当然だ。

 だが、今回の一連の鈴木報道を見ていると、一人のダーティー・ヒーローを血祭りにあげ、使い捨てにして根本的解決にならないような、メディアの危うさも一方で感じざるを得ない。メディアが独自の調査をし、このような政治家の不当な圧力によって歪められている行政の現実を告発したのでは決してない。

 メディアから流れているのは、外務省などの公式機関から出ている情報や、報告などに基づいて作り上げられた、利益誘導型政治家のイメージであり、メディアは、いわば情報の受け手として、情報の恩恵を得ている立場であると言ってよい。

 政治は本来、それぞれの私的な要求を、公的に充足していく使命が課せられている。その意味では、公的に充足していくために、政治がときとして行政に対してモノを言い、方向性を示していくのは、ある意味で当然やらなければならない政治の責任であるともいえる。

 北方領土返還という我が国国民の悲願でもある公的要求を、仮に入札などへの関与で私的に充足していたとしたならば、本末転倒も甚だしい。だが、だからといって、センセーショナルに政治が行政に関与してはならないような議論に走ってしまうのもまた、政治の空洞化を招いてしまう。

 もう一つ、政治の行政への不当な関与は、メディアが常に報じなければならない重要テーマであるはずなのに、そういったことについて、メディアは鈴木議員に数々の同行取材などもしていながら、今日のような事態になるまでまったく知らなかったのだろうか。

 政治に対する監視の姿勢を忘れず、地道な調査報道を積み重ねていくことで、政治の腐敗や政官の望ましい関係を突きつけていくメディアの厳しさが、今回の報道でも、もっと求められてもよかったのではないか。

 証人喚問に応じる鈴木議員の背後に、多くの視聴者が、私的要求と利権で繋がったおぞましい有権者の蠢く亡霊を感じただろう。だが、その向こうに、そういった問題点を、こういう事態になるまで描き出すことができなかったメディアの物足りなさを感じてしまうのは、私だけであろうか。

(明治学院大学教授)