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(2002年2月26日付)
1月29日深夜から30日未明にかけて、テレビが流した緊急ニュースは、全国に大きな衝撃をもたらした。昨年4月に発足した小泉内閣の「顔」だった田中真紀子外務大臣の更迭である。
案の定、その後のメディア報道は、ワイドショーも加わって、蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、1カ月近く経った今も、衆議院の予算委員会で集中審議が行われるなど、騒動の余波が続いている。
今回の田中真紀子外相更迭に対する評価そのものはさておき、メディアによる評価という視点から捉えると、必ずしもメディアの中で、更迭に対する評価が一致していなかった。それにもかかわらず、世論はきわめて厳しい反応を示した。
一般的に、メディアが報じようとしている事象が衝撃的であればあるほど、その衝撃的な側面に報道の焦点が当たり、その結果として、焦点を当てた部分に依拠する形で、受け手がその事象を評価するというフレーミング(枠どり)効果が生じやすくなる。昨年9月11日のテロ事件がその典型例としてあげられる。
今回の更迭に関しては、メディアによって、たしかに評価が分かれた。一方は、産経新聞に代表されるような、今回の外相更迭が当然の決断であると評価する論調である。
田中外相が就任以来繰り返してきた事務方との対立による外務省の機能不全。大統領親書を携えて来日したアーミテージ米国務副長官との会談のキャンセルや、アジア欧州会議の際の、米国のミサイル防衛構想への懸念表明、同時テロ発生後の、アメリカ国務省の避難先漏洩やパキスタン訪問拒否など、次々に繰り返された、国益を損なうような外交センスのなさ。
こういった経緯から、田中外相更迭を、むしろ先延ばしにしすぎてきたとする論調は、小泉首相の決断を評価するフレーミングに通ずる。
もう一方の対極は、朝日新聞に代表されるように、更迭劇の発端となった、アフガニスタン復興支援国際会議への外務省のNGO(非政府組織)参加拒否問題を巡る対応から、田中外相を更迭した判断の是非を評価するフレーミングである。
産経新聞の「首相の決断を評価」から、朝日新聞や毎日新聞の「けんか両成敗は通らぬ」「小泉改革の信念が疑われる」まで、両者をミックスした主張を含めて、メディアの論調は割れ気味だったにもかかわらず、世論の大勢は、今回の更迭について、小泉首相の決断を否定的に捉えていた。
これは、多くのメディアが田中外相の資質を問題にしていたのに、一転してNGO問題では田中外相の擁護に回ったという現象的な部分だけでなく、根底にある、根強い政治不信を読み取る必要があるのではないだろうか。
政治が、裏で何をやっているか分かりにくい、何か見えないところで不正が行われているのではないか、という懸念が、外務省への政治家の圧力問題でも、「やはりあったのではないか」という認識に、容易に水路づけされていく。
多様な側面を持っていたはずの田中外相更迭問題が、圧倒的な田中外相支持、小泉内閣支持率急落に結びついた背景となった政治不信を断ち切り、政治がより透明性を高めていかなければ、世論基盤はきわめて不安定なものとなってしまう。
その意味で、メディアも、政治の透明性を高め、受け手のリテラシー(読み解く力)向上に資するという本来の責務に邁進し、現象面だけでなく、改革の実があがっているかを一つ一つチェックしていく地道な作業を続けてほしい。
(明治学院大学教授)