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(2002年1月22日付)
テロ事件など激動に揺れ、暗い基調で暮れた2001年。年が変わった2002年は、本来、大きく希望に満ちた年として、メディア報道にもその希望の光を指し示してほしいところだったが、残念ながら、そういった材料よりも、むしろ悲観的な材料の方が多いようだ。
小泉首相が1月4日に行った年頭の記者会見では、「金融危機を起こさないためにあらゆる手段を講じる。ペイオフ4月解禁は予定通り。延期は考えていない」と、金融危機への最大限の対処を強調した。
昨年だけで37の信用組合と9の信用金庫が破綻し、金融庁が不良債権処理を加速させるために実施している特別検査が引き金となって破綻した青木建設などの例がさらに出てくる懸念も取り沙汰される中、政府が金融危機回避への努力を強調するのは当然のことだろう。
しかし、一方で、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行が、昨年12月、世界の金融システムに危機をもたらす国として、日本とアルゼンチン、トルコをあげている。いまだに、日本の金融システムに対する海外からの不安が払拭されていないのも現実だ。
こういった現実に対するメディアの報道の仕方は、たしかに難しいものがある。金融危機をあまりにも具体的にシミュレートしてしまえば、それが読者に現実感を与え、それ自体が風評を呼び、危機を増幅するような現実を創り出してしまいかねない。
逆に、事実の後追いという消極策にとどまってしまえば、読者が、テレビや新聞の報道から危機に対処する処方箋を得たいというニーズに応えられなくなってしまう。
そのような難しさを割り引いた上でも、金融危機に関するメディア報道には、食い足りなさを感じるところが多い。ペイオフ解禁が引き金となる金融不安をことさら強調するばかりの報道は論外で、テレビや新聞には、さすがにそういった論調は見られない。しかし、政府が示す、金融危機への対処を、いわば淡々と報道することで、来るべき結果への責任をとらなくても済むような、守りの姿勢が目立っている。
あらかじめ決まっていたペイオフの凍結が行われたり、金融危機が何度も論じられている背景には、問題を先送りにして、金融システムの健全化がなかなか進んでいないことがある。抜本的な構造改革を行って、海外からの信用を回復しない限り、経済状況が悪くなるたびに、同じような不安心理が国民の消費意欲を冷え込ませていくことになる。
メディアに求められているのは、金融改革・構造改革への、積極的な処方箋を示して、政治の対応が後手後手に回っていないか、読者や視聴者に対して判断材料を提供することにある。
日本経済新聞は、経済専門紙だけあって、たとえば1月12日付「低迷経済からの脱出、危機待ち体質と決別を」などの記事を通じて、金融危機が起きてから、対症療法的に対策を考えるような、いわば「待ちの姿勢」ではなく、積極的に、前向きな金融改革を行っていくことで、信用を取り戻していくことを訴えているが、こういった報道姿勢こそ必要だろう。
2002年4月に予定されているペイオフにともなう不安や、不良債権処理・企業倒産などにともなう金融危機の懸念を振り払うには、メディアから提供される情報に基づいて、国民全体で、金融危機を回避し、乗り越えていくような議論をしていくことが必要ではないだろうか。構造改革を着実に実行し、社会を変えていく力になるような、前向きな報道を心がけてほしいものである。
(明治学院大学教授)