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(2003年5月27日付)
「市民一人一人がジャーナリストでなければならない」と唱えたのは、わが国の敗戦の年8月、治安維持法によって獄死した哲学者の戸坂潤だが、最近のメディア状況を眺めるとき、しきりとこの言葉が思い出されてならない。
今月6日、衆議院を通過し、23日に参議院で可決・成立した「個人情報保護法案」について、これまでわが国のマスメディアはどのような対応をしてきたかをふり返ってみよう。
まずテレビだが、私の知るかぎり、『テレビ朝日』が3月末に「朝まで生テレビ」と「ザ・スクープ」で特集を組んでメディア規制の危険性を訴えたくらいで、目立った反応はなかった。
また、新聞も、『読売』が修正案を提起したほかに、昨年、「防衛庁リスト問題」で新聞協会賞を受賞した『毎日』が持続的にこの法案の問題点をフォローしている以外そう熱心とはいえなかった。
これに対して、週刊誌は、自民党幹事長のスキャンダルを追ってきた『週刊文春』、衆議院での採決の直前、「断固拒否! 個人情報保護法の正体暴く」と題した増刊号(5月2日付)を緊急出版した『週刊現代』のように、この法案に対する反応はもっとも激しかった。
週刊誌の危機意識の理由は、今国会で成立した修正法でも、「報道機関」の適用除外から「出版社」や「雑誌」がはずされているからだ。
こうしたマスメディアの反応の差は彼らの既得権益の度合いに比例しているといえば、皮肉にすぎるだろうか。
私もまた個人情報保護法を危険な法律だと考える。その理由は、この法律が「報道」の定義を国家が独占的に決定できるとしているばかりか、「客観的事実を事実として伝える」という定義そのものが現状追認的な客観報道主義の弊害を増長させると思うからである。
さらにまた、私は、この法律が既存のマスメディアを規制する以上に、現在ようやく成長しつつあるインターネット・ジャーナリズムの芽を摘んでしまうのではないかと危惧する。(この月評が独立系のネット・ジャーナリズムの動向にいつも目を向けてきたことを読者はご存じだろう)
ネット上で展開される個人情報保護法の論議に注意を払ってきた私にとって、インターネット放送『ビデオニュース・ドットコム』を主宰する神保哲生氏と梓澤和幸弁護士のネット上のビデオ対談はとても興味深かった。(http://www.videonews.com/)
梓澤弁護士は、この法律がすべての市民団体の活動を規制対象とするものであり、インターネット時代の言論・結社統制法だと述べているが、これに対し、神保氏は次のような趣旨の発言をしている。
「ネット・ジャーナリズムには業界団体もなく、報道という特権を大上段に振りかざして情報発信しているわけではない。この法律を作成した官僚たちはまだ意図していないにしても、いつか規制の対象として標的にされる可能性はある」と。
神保氏は私と同様の危惧を抱いているようだが、私がさらに心配するのは、個人情報保護法がネット・ジャーナリストを志す若い世代を萎縮させはしないかという点だ。もっとも、ジャーナリズムの歴史は絶えざる弾圧との戦いの歴史であったことを思えば、こんな感想は老書生の杞憂にすぎないのかもしれない。