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(2003年3月25日付)
3月20日午前11時30分、米英両軍によるイラク攻撃が開始され、この日、わが国のテレビ各局は一斉にほとんどの時間帯をその報道に費やした。
繰り返し流される爆撃の映像と次々と報じられては訂正される誤報の洪水は、戦時(あるいは災害時)の初期報道の常といってしまえばその通りなのだが、この日のテレビ画面に映った多くのキャスターやコメンテーターの興奮した表情に不快の念を覚えたことを記しておきたい。
というのも、私は阪神大震災の被災者の一人だが、あの日のテレビ報道を思い出したからだ。当時、メディアと被災地の温度差が問題となったが、現場の人間とはそうした興奮とは無縁な平常な表情をしているものなのである。
さて、今回の戦争に関する本が早くも店頭に並んでいるが、武田徹著『戦争報道』(ちくま新書)は、第2次世界大戦下の同盟通信社の成立からベトナム戦争、湾岸戦争、9・11以後のわが国と欧米の報道の変遷、そしてインターネット・ジャーナリズムの現状と可能性を探った、まさに時宜をえた好著である。
現代日本のさまざまな「流行」現象について精力的な取材活動を行ってきた「街場」のフリー・ジャーナリストの彼に、この本を書かせた動機が興味深い。
武田には「銃弾飛び交う危険な戦場の最前線で、命を懸け、限界状況の中で繰り広げられる人々の生き様を報じる戦争特派員こそ、ジャーナリストの中のジャーナリストだ」という「劣等感」があって、その克服のために、このテーマに取り組んだらしい。たしかに、彼のいうように、マスコミ人の潜在意識には「戦争報道を経験してジャーナリストは一人前」という強迫観念がひそんでいるようだ。
『週刊文春』3月13日号は「日本の大手マスコミがイラクから続々撤退」と題して、欧米のテレビ局や新聞社が次々とバグダッド入りをしているのに対して、わが国の報道機関が7日の査察報告をめどにイラクから「撤退」を行っていることを「なんとも情けない話」と非難している。
また、『週刊新潮』3月13日号も「開戦でも『マスコミ』は戦場に残る?」と題した記事を載せている。「CNN、ABC、CBSがテレビでの一番乗りを狙って激しい取材合戦を展開する」と予想する一方、日本のテレビ局は「外務省の避難勧告に従って戦争前にイラクから脱出」したが、アジアプレス(代表・野中章弘)の「3人の特攻要員が既にパレスチナやヨルダン入りして、開戦の日を待っている」と伝え、彼らの「命がけの取材」を期待している。
このような出版社系週刊誌の「大手メディア」への揶揄そのものが、自らを野次馬的地位に貶めていることに無自覚な彼らの精神的貧しさをものがたっているのだが、そうした言説の背後にあるものも、武田のいう「戦争特派員を英雄」視するコンプレックスにほかならないだろう。
既存のマスメディアからの自立をめざしてフリーの映像ジャーナリストたちによって組織されたアジアプレスは、週刊誌に「特攻要員」呼ばわりされるのをけっして潔しとしないだろう。アメリカとイラク双方の報道管制と情報操作のなかで、彼らが企業ジャーナリズムの「前線取材」という「英雄」的役割をこえて、どのように地道な現地取材を展開するか。その報道を静かに見守りたい。(神戸女学院大学教授)