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(2001年10月23日付)
株価平均が1万円の大台を割った。赤字国債発行額を30兆円以内に収めるとの政府方針が絵空事になりつつある。いずれも日本経済の危機の深まりを示すが、今日では原因をみなテロと戦争に押しつけて済ます風潮がはびこる。
「危険」の構造を分析して示すことは、マスコミの重要な役目である。660兆円に及ぶ公共財政の累積赤字、金融機関の屋台骨を揺さぶる不良債権、産業競争力の減退−−こういうおぞましい事態の「分析」ならもうイヤになるほど見聞きした、とうんざり顔する人々が少なくないと想像する。
それでいながら、日本が落ち込んだ暗い迷路は本当はどんな仕組みなのか、国民はいまだ判然としない気持ちでいるのではないか。メディアは何かをし残している。
今月初旬、NHKの夕方の番組で「中小企業経営者が映画で危機訴え」と題した不況報道特集を見た。私が求めていたのはこれかもしれない、と胸にじーんと響くものがあった。首都圏向け番組で全国ネットされていない。ざっと紹介してみる。
いま、日本の銀行は小泉政権から「不良債権の3年以内解決」の大方針を示され、対策に四苦八苦だ。そのしわ寄せが銀行の貸し渋りの形で多くの中小企業を生きるか死ぬかの瀬戸際に追いやっている。実態のひどさ、無残さは、中小企業の経営者になってみないとわからない。
しかし、銀行はもちろん、政府もマスコミも国民の過半も、知らずに(知らぬ顔で)いる。
東京中小企業経営者同友会という団体が「もはや自分たちで実情を世に知らせる他ない」と短編映画を制作した。クライマックスは、つなぎ融資を頼むためメーン・バンクを訪ねてきたひとりの中小企業経営者に対して銀行の貸し付け係職員が「もう融資はできない。これまでの貸し付け残を全額返してもらうのが先だ」と宣告する場面である。経営者は「それが血の通う人間の言葉か」と振り絞るような声を投げ、銀行を去る。
日本経済が今日までなんとか生き延びてきたのは三菱、住友、トヨタ、ソニーがあったからだと考えるのは、一面の理にすぎない。生き延びエネルギーの根源は、この国の企業数の90%を占める中小企業が、下請けとして不眠不休で働き、薄利に甘んじ、日々の創意工夫で技術水準を高めてきたことにこそあった。
一方で銀行は、日本経済の支え手であるこれら中小企業に対し「晴れの日には傘を押しつけ(バブル期の地上げ融資を見よ)、雨になると傘を奪う(今日のやり方がその通りでないか)」という悪習をやめようとしていない。
これこそ、日本の「危機の構造」の最も典型的なケースであることを、新聞記事で読むことは稀である。取材の仕組みが間違っているのだろう。金融問題の報道は、大筋を日本銀行本店にある「金融記者クラブ」詰め記者が受け持つ。そこには、銀行の頭取らは会見に現れるが、つなぎ融資を断られた中小企業主の悲鳴は届くことがない。
ジャーナリストはお高くとまったらしまいである。新聞やテレビは名門企業化し、多くの記者たちが自ら気づかぬままエリート意識に陥っている。外務省の公金詐取疑惑、農水省の狂牛病行政にまつわる報道をみていても、報道の目線が高級官僚のそれと同じだから、事件を生んだ現実世界が見えていない。日本の直面する危機の構造は、国民の目から覆われ続ける。
(和光大学教授)