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(1999年10月9日付)
一九九一年から二年間、ノルマンディーの港町にある大学で日本語を教えたことがある。フランスで教壇に立つ貴重な経験だったが、学期末試験を採点して我が目を疑った。和文仏訳の答案の中に、句読点が一切無いものが散見されたからだ。そのいくつかに至っては、母国語で書かれた文章自体が意味をなしていなかった。
当時、周囲のフランス人の友人達は「君の個人的な体験に過ぎない」と取り合わなかった。しかし、今年に入って自国語の読解能力のない成人の問題を日刊紙で見かけるようになった。十月六日付の『フィガロ』紙は、「識字力の問題、十人に一人の青年が読解力不足」と報じている。
従来の徴兵制度に代わる「国家防衛のための演習日」に参加した十七歳から十八歳の若者に中学生レベルの文章を読ませたところ、一〇%が文意を理解出来なかった。
フランスは十九世紀にバルザックをはじめとする筆力のある作家達によって新聞小説を生んだ文学の王国。読者層の裾野が広いことで知られ、ペンの力で社会的成功を夢見た青年達が続々と首都パリに集まった。こうした伝統は今世紀初頭まで続いたが、今日の現実は昔日の栄光からはほど遠い。
世界出版社協会の最新の調査によると、一月に一冊以上の本を読んだフランス人は三二%に過ぎず、隣国ドイツの六七%の半分以下。年間書籍購入費も三百七十フラン(約七千円)で、独の五百七十フラン(約一万一千円)に遠く及ばない。『マダム・フィガロ』紙の調査では、二七%のフランス人は読書を一切しないと答えている。
読書人口が減れば書店も成り立たなくなる。ソルボンヌ大学前広場にある仏大学出版局の書店と、かつてサルトルら実存主義者が集まっていたサン・ジェルマン・デプレのル・ディヴァン書店がいずれも洋品店にとって代わられる。
この象徴的な出来事を紹介したのは『ル・モンド』紙(九月二十五日)。「欧州の出版社は現状打開のための想像力を発揮せよ」と題した一面記事で出版人に自覚を促している。「収益性とマーケティングに目を奪われることなく、知の伝達と思想の交流という出版本来の役割に立ち返らなければならない」。仏言論界の危機感が痛切に感じられた。