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(1999年7月10日付)
シャンゼリゼに面したエリゼ宮はフランスの大統領府。その広大な庭で毎年七月十四日 にガーデンパーティーが行われる。政界、官界、財界の要人に文化人が一堂に会し、大統 領直々のテレビ記者会見も行われる晴れの舞台だ。
五年前からは、七〇年代から進んだ地方分権の趨勢(すうせい)を考慮して、オーヴェ ルニュ、アルザス、サヴォワ、カタロニア、ブルターニュの五つの地方を代表する少女が 招かれている。ところが七月八日になって官房長官から「この地方を代表する少女達が民 族衣装で式典に参加することは予定されていない」という書簡が送付された。これにブル ターニュ協会が激しく反発。「フランスの地方の代表者を愚弄(ぐろう)する許し難い決 定」との声明を直ちに発表した。
大統領府は十二日の夜になって、「参加者の衣装についての勧告は一切行っていない。 青年代表の服装は参加者個人の自由に委ねられている」との広報局の声明を急遽(きゅう きょ)発表。論争に火が付くのを未然に食い止めた。
このハプニングについて十四日付のフィガロ紙は「欧州連合の地方言語憲章の批准(ひ じゅん)に反対しているシラク大統領と地方主義者の対立」と論評した。的確な指摘だが 、問題の根はフランス共和国の誕生した大革命まで遡(さかのぼ)る。
絶対王権を打倒して市民の主権を確立した仏革命には、共和国の理念の先行する大都市 パリと伝統的な価値観を守ろうとする地方との対立でもあった。特にブルターニュ地方は 敬虔(けいけん)なカトリック農民が多く、パリの革命政府と激しい内戦が繰り広げられ た。政府は地方語としてのブルトン語や伝統的な衣装を旧弊(きゅうへい)な慣習として 徹底的に抑圧した。
旧ユーゴに見られる地域紛争が二十一世紀の大きな課題となるなかで、地方独特の文化 を尊重しながら、国家の統一を保持するための舵取りはフランスでも微妙になってきてい る。
(三光洋〈さんこう・ひろし〉在仏ジャーナリスト)