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連載コラム
「欧州メディア時評」

欧州メディア時評

【6】



政治権力に翻弄される「推定無罪」の法理

(1999年4月10日付)



 いかなる被疑者にも権利が保障されながら、実際は有名無実の「推定無罪」の原則。

 その改善を期して先月フランス下院で可決された「推定無罪強化法案」は、人権擁護(ようご)の大義に隠れ、不正疑惑の隠蔽(いんぺい)を図る政治家の報道規制の試みでもあった。

 フランスでは、民法九条により、判決前に「司法調査・決定の対象となる事実において有罪」と公表された者は、損害賠償および「推定無罪侵害を止めさせる」訂正文の掲載を民事裁判官に要求することができる。今回、それをさらに強化するため、「有罪であり得る」との表現も処罰の対象とする修正案は、直ちにメディアの懸念を呼んだ。

 「有罪であり得る」との表現は、予審判事の尋問から警察の勾留(こうりゅう)、法廷への出頭まで、司法手続上のあらゆる段階に適用され、進行中の事件について報道することは事実上、不可能となる。

 パリ市長と保守党の総裁を兼ねていた当時のシラク大統領の不正融資疑惑を、検察局が「通常の刑事裁判所には追及の権限なし」と判断したことや、全法律の合憲性を監査する憲法評議会のデュマ議長・元外相の、軍艦売却にまつわる収賄(しゅうわい)疑惑についても、市民の知る権利は奪われることになる。

 「推定無罪の権利」の名の下に、報道権そのものを脅かすこの修正案は、メディアの反発はもちろん、法相によっても退けられ、修正は被疑者の「手錠姿」や「尊厳侵害」に触れる写真の公表禁止・罰金にとどまった。

 しかし、メディアが弱者に「有罪」のレッテルを貼(は)り、「社会的制裁」を与える特権に酔い続けている限り、本来闘うべき相手の権力側から報道の自由を取り上げられ、自分の首を絞めることになるのはメディア自身なのだ。

(三崎ロイヨ由美子・在仏ジャーナリスト)