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(2003年11月18日付)
最近ワシントンで講演したノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・E・スティグリッツ(コロンビア大学教授)は、開口一番「グローバリゼーションのユーフォリア(陶酔感)は終わった。皆が裕福になってハッピーになるというグローバリゼーションの教条は何かが間違っていた」と述べた。近ごろ、このような論調をよく耳にする。
1990年代は、経済効率性が達成されるどころか、エンロンなどの大企業のトップが自分の利益の追求に走り、悪用のみが目立った。経済学の教科書で教えられるアダム・スミスの「見えざる手」による経済効率は、現実を反映した正しい情報が提供されることが前提だ。その情報が間違っていれば、過大に投資したり供給過剰になってバブルを引き起こす。
間違った規制や意味のない規制もたくさんあるが、実は新しい規制や規制の再構築こそ必要なのであり、特にスティグリッツ氏は「90年代は規制緩和のやりすぎだった」と主張する。
例えば、銀行セクター(分野)の過度の規制緩和が貯蓄貸付組合(S&L)危機を招いたことは自明であり、ストック・オプション(=自社株を決められた価格で購入できる権利。経営者や従業員に与えられるもので、株主と同様に株式の値上がり益を得るための制度)は“打ち出の小槌”を振るように無限に印刷してばら撒かれた。
つまり、会社役員に支払われるストック・オプションは、株主の懐から出ているのにもかかわらず株主はそれを知らされない。受け取る企業トップだけが知っているという情報の不均衡に加え、米財務省や商務省は株価暴落につながるとしてストック・オプションの会計上取扱いの変更に難色を示した。
連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン議長も97〜98年当時バブルだと認識していたが、ガス抜きをして現実を反映した価格レベルに戻すような対処を怠った。スティグリッツ氏いわく、「情報が不均衡な世界では“見えざる手”は存在しない」。
米国にはもっと政府の役割が重要だというのも独自の主張だ。米国は「小さい政府」をよしとし、それを追求してきた。例えば、減税によって政府から企業・市場へその資源の配分を決める判断を移譲する、規制緩和によって企業などの行動を自由にさせる方が良いといった政策がそうだ。
しかしながら、基礎研究やアイデアなどすぐ商売にならないものには、企業が采配する資源配分では業績によって左右されるため長期的な展望は描けない。軍事分野以外への政府による長期的な基礎研究への多額の投資は、議会での承認は得にくい。また、生産性向上や短期利益率を重視するあまり、すぐ人員調整に走る経営形態も行き過ぎで、米国型経営の限界を懸念する。
一方、政府が重要産業を指定し資源を集中的に投資した東アジア諸国の経済発展に比べ、実際50〜60年代に比べ経済成長率が半減し貧困率の上昇と失業率の悪化で苦しむラテンアメリカとの差は何かと言えば、経済面での政府の役割の大きさなのであると説く。
冷戦終了後、米国は新しい世界経済秩序の形成をグローバリゼーションで主導しようとしたが、完全に失敗した。つまり、ウルグアイラウンド(=1986年9月にウルグアイで開催されたGATT<関税および貿易に関する一般協定>による8回目の「多角的貿易交渉」)を見れば明らかなように世界市場を米国のために開かせ、米国は潤う一方、アフリカなどは逆に貧しくなった。
今でも米国は自己の利益をごり押しし、通商交渉も思い通りに行かなければ投げ出すなど単独行動が目立つ。スティグリッツ氏をはじめとして、米国の独りよがり主義は、世界経済構造の変化に逆流していると批判が上がっている。果たしてこれが米国自身の“グローバリゼーション教”を変える原動力となるかどうか。
(経済戦略研究所<ESI>上級研究員)
むらかみ・ひろみ 上智大学理工学部卒。米国でMBA取得後、仏国商科大学院交換留学を経て米国ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)にて国際経済及び戦略論で修士号取得。CSIS(戦略国際問題研究所)にて元大統領補佐官ズビグニュー・ブレジンスキー氏の助手を務める。1999年9月より現職。政策海外ネットワーク(http://pranj.org)代表。