【Seikyo Media Page】Copyright (C) 2003 by The Seikyo Shimbun.

【経済とグローバリゼーション ワシントンの視点 3】
村上博美


中国「人民元」切り上げ論に思う

当否の判断は世界経済全体の視点から

(2003年9月23日付)

 最近の話題は、中国人民元の切り上げ論だ。スノー米財務長官が、米製造業の声をバックに中国に切り上げを迫ったのは記憶に新しい。

 選挙を来年に控え、対中国貿易赤字が過去最大を記録するにいたり、ブッシュ政権は国内向けジェスチャーとして、失業率の悪化はドル高、特に人民元のせいという態度だ。

 1993年から固定されている人民元のドル交換レート(1ドル=8・277元)が本来の価値より低いために、米製造業が競争力を失い、過去3年間の雇用喪失は270万人にも上る、というのだ。

 フロート(変動相場)制推進派は、ドル固定制度の廃止で人民元が自然に切り上がることを期待する。ドル固定相場の維持はコストが高く、人民元の価値を市場が決めれば、中国の資源を効率よく活用できるはずだと言う。

 つまり、中国当局はドル固定相場を維持するために、巨額のドル(主に米国債)を購入しなければならず、これにより人民元の供給が急激に拡大し中国国内で資産バブルを作り出している。フロート制にすれば、米国のドル政策や米国金融政策に影響されなくて済む、と説く。

 しかし、世界経済はますます相互依存を深めており、単に雇用という国内問題ではないのが現状だ。

 例えば、増え続ける米国の貿易赤字は海外からの資金流入なしでは成り立たない。もしドル固定制度がなくなれば、中国からの資金流入によって保たれていた低長期金利の維持が危ういかもしれず、米国経済成長の前提が崩れる。

 まして米国の貿易赤字が減ると考える人は少ない。人民元が現在より低い相場で取引されたり、中国の預金者が外貨をもっと購入すれば、一層、人民元安になり貿易黒字は拡大する。80年代の日本のように、資金調達コスト削減の影響で、さらに積極的な輸出増が起こるかもしれない。

 究極的には、中国の輸出業者(中国に拠点を置く米企業も含む)に痛手を与え、米国内の衰退する繊維業や自転車製造業を救済するのかという問題に行き着く。

 アジアにとっても人民元は死活問題だ。周辺国からの輸出を一手に引き受け、米国輸出品のアジアの最終組み立て工場となった中国は、いまや地域経済の成長エンジンとなりつつある。昨年中国は対米貿易黒字が1千億ドルを超えたとはいえ、アジア諸国に対しては680億ドルの赤字である。つまり、中国は米国よりも地域経済の需要創出に大きく貢献している。

 例えば、韓国の対中輸出は今年前半だけで前年より5割増であり、来年の初めには米国に代わって中国が韓国の最大貿易市場となる。

 人民元が切り上がれば韓国や台湾といった輸出国に有利となるが、一方で対米輸出が減るに伴いアジア諸国からの輸入も減少すれば、地域経済へのマイナスの影響は大きい。

 しかも、雇用を生み出す輸出産業が足踏みすれば、金融制度の構造的問題(固定レートでかろうじて維持されている)を抱える中国経済に打撃となるばかりか、フロート制度への移行による激しい価格変動が、短期的には世界経済へのマイナス要因だという指摘もある。

 人民元の本質的問題は、メキシコ等の発展途上国の国々から中国へ生産工場の移転が進み、地域経済空洞化に直結することだ。地域経済悪化からテロを醸成することもある。国内問題の他国への責任転嫁という視点ではなく、世界経済や情勢不安への影響といった広い視点で解決を図ることが肝要だ。

 (経済戦略研究所<ESI>上級研究員)


 むらかみ・ひろみ 上智大学理工学部卒。米国でMBA取得後、仏国商科大学院交換留学を経て米国ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)にて国際経済及び戦略論で修士号取得。CSIS(戦略国際問題研究所)にて元大統領補佐官ズビグニュー・ブレジンスキー氏の助手を務める。1999年9月より現職。政策海外ネットワーク(http://pranj.org)代表。