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(2003年8月19日付)
米国は、シンガポール、ヨルダンに続きモロッコ、ドバイ、チリなどの国々と自由貿易協定(FTA)締結を進めている。経済規模の大きい米国にとって経済的利益は少ないが、これらの小国にとって巨大な米国市場へ関税なしでアクセスできることは非常に魅力的だ。
日本と違って米国が地政学的な戦略の一環としてFTAに容易に取り組めるのは、戦後一貫してグローバリゼーションを進めるという目的を掲げ、GATT(関税貿易一般協定)など、グローバルな世界自由貿易環境を積極的に作りあげたと同時に、打撃を受けた国内労働者に対して救済政策に取り組み、保護産業は存在するものの、痛みに耐えうる国内雇用環境を作り上げてきたからだ。その米国の過去の取り組みを紹介する。
グローバリゼーションの推進とは、価格の安い商品が消費者に提供される代わりに、国内の特定産業や労働者が打撃を受けることだ。米国はそれを認識した上で現実的なアプローチを取った。1962年にケネディ・ラウンドの交渉権を通商交渉団に移譲するための議会法案の一部として、輸入拡大による失業率の悪化に対処するための貿易調整助成プログラムが作られて以来、何度も見直しが行われてきた。
米国では80年代から90年代にかけて、安い輸入品の増加や生産性の急激な向上により製造業が著しく衰退し、サービス業が拡大するなど産業構造が変化した。現在では必ずしも輸入拡大によって失業が増えるのではなく、生産性の向上による原因が大きいと分析されている。その結果、90年代後半には、貿易交渉で影響を受けた産業に重点をおいた雇用助成政策から、産業構造の変化や生産力の向上による構造的失業者への雇用支援政策へ、つまり構造的失業者を効率よく他の産業へシフト(転換)させるという方針へ変化していった。
国民皆保険が整備されていないなど、米国にも問題がある。しかし、基本的な概念としては「すべての労働者が経済成長の恩恵を甘受できる労働市場を実現する」とあり、個々の雇用支援政策の目的は、失業者が妥当な仕事に早く再雇用できるようなシステムを構築することにあるとの考えが定着している。
移り変わりの激しいグローバル経済と高いスキル(熟練、経験)をもった人材への急速な需要に対応するため、雇用発展システムの増強(雇用保険、職業訓練、再雇用サービス、経済的支援)や生涯教育を推進することで究極的には、以前の仕事と新しい仕事の間の失業期間を最小限、もしくはゼロにすることを目指す。また、新しい仕事がその人のスキルを十分に発揮でき、以前の生活水準を少なくとも維持できるもの、そして転職期間の収入減を最小限にとどめることを目指す。
経済的視点がふんだんに盛り込まれ、雇用支援プログラムでは失業者自身に職を見つけるインセンティブ(動機)を与えることが経済効率上、重要だと考えられている。つまり、個人がスキルアップや訓練を通して、労働市場の中で個々の経済的資源の価値を高めることにより、個々の失業者が新たな仕事を見つけることを奨励する。
衰退産業から活力のある産業へ雇用をシフトさせる問題は、日本にとっても重要である。経済大国である日本は、世界貿易推進の役割を積極的に担うべきであり、その一方、国内でセーフティー・ネットを含めた雇用の流動化を進めれば長期的には失業率の低下へつながり、効率的な資源活用が可能になろう。このことは日本に一番必要な経済構造改革の根幹といえる。
(経済戦略研究所<ESI>上級研究員)
むらかみ・ひろみ 上智大学理工学部卒。米国でMBA取得後、仏国商科大学院交換留学を経て米国ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)にて国際経済及び戦略論で修士号取得。CSIS(戦略国際問題研究所)にて元大統領補佐官ズビグニュー・ブレジンスキー氏の助手を務める。1999年9月より現職。政策海外ネットワーク(http://pranj.org)代表。