

(1997年5月3日付)
【回数】18
【タイトル/キーワード】憲法
【紹介ホームページ】憲法判例
【URL】http://ux01.so-net.or.jp/~tony/HNREI/KENPAFU/index.html
【本文】
文章をどう読むかということは基本的には国語の問題である。子どものころを思い出すと、それはどうでもいいような問題だった気がする。むしろ国語の先生がなぜ「正しい読み方」を説明するのか、ふしぎな気がしたものだ。そして先生たちは、なぜそういうことが重要なのかについては、ほとんどふれないのである。
「正しい読み方」の重要性がわかってきたのは、ずっとあとのことだ。しかもそれは国語の問題としてではなかった。
それは、自分の生活しているこの社会が、憲法や法律という文書によって厳しくコントロールされており、しかも、それらの文章をどう読むかをめぐって激しい闘いが続けられてきたという事実を知ったときだった。当時は「社会とは文書のことなのか」と、妙に感心したことをおぼえている。
今日は憲法記念日。つらつらと「憲法判例」(http://ux01.so-net.or.jp/~tony/HNREI/KENPAFU/index.html)のページを読んでみる。ニュースになってきた有名な判例の重要個所が、憲法の主要論点にそってきれいに整理されている。
日本国憲法という文章を「どう読むか」について、なんと多くの裁判が繰り広げられてきたことか。ときにはどう見ても憲法の文章が逆に解釈されることもあったのだから「正しい読み方」というのも鵜呑みにはできない。憲法の読み方はそのまま生き方でもあるのだ。そんなことを感じる一日にしたいと思う。
(野村一夫・法政大学兼任講師)