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中国メディア事情

泉 京鹿

【4】(2005年10月25日付)


携帯ショート小説が人気

350字以内の“体温を帯びた”投稿


 『本周、妻子紅杏出墻』とは、最近中国で出版された日本の書籍の翻訳本のタイトル。中国語で「本周」は「今週」、「妻子」は「妻」を指す。一見美しい「紅杏出墻」という四字熟語は、「熟した杏が塀を越える=人妻が浮気すること」を意味する。そう、『今週、妻が浮気します』である。

 インターネットの匿名掲示板に寄せられた「今週、妻が浮気します」というタイトルの書き込みで始まる夫からの質問に、さまざまな人から寄せられる意見。そんなネット上でのやりとりに勇気付けられ、夫は迷いながらその日を迎える……という『電車男』同様、ネット上の不特定多数の匿名の書き込みの過程が書籍化されたものだ。

 中国語版の出版元である上海文藝出版社は、一方通行の決して広くはない静かな美しい並木道、紹興路にある。雰囲気のあるカフェやギャラリー、出版社が並ぶこの通りには、多くの文化人が憩うこの通りで上海の文化が熟成されている、そんな匂いが漂う。

 この上海文藝出版社の侠宗培社長が中心となって、この夏、「第1回携帯ショート小説大賞」が設けられた。350字以内であればテーマ、スタイルを問わず、携帯電話から応募できる文学賞だ。

 手に握った携帯電話のぬくもりを強調した「体温を帯びた投稿」というキャッチフレーズに、2200余篇の作品が集まった。7月初旬から9月半ばまで、約2カ月の間に投稿されたショート小説はウェブ上で公開され、一般読者が寸評を書き込めるようになっている。

 中国では、携帯電話の番号がそのままアドレスとして使用できる、SMS(ショート・メッセージ・サービス)が広く普及している。携帯電話の番号さえわかっていればショートメッセージのやりとりができるためダイレクトメールや迷惑メッセージも少なくないが、今年の旧正月には100億通以上のショートメッセージがやりとりされるなど、不便さよりも手軽な便利さが受けている。

 旧正月のみならず、中秋節、国慶節など、祝祭日のたびに、中国全土で何十億通ものショートメールが飛び交う。胸にじわりと温かいものが広がる思いやりあふれる言葉や、思わず吹き出してしまう言葉遊び、韻を踏んだ五言絶句の形式にのっとった小噺……。一通最大で70字の、悠久の世界がそこにある。

 もし、美しい詩のようなラブレターをもらっても、素直に喜んではいけない。残念ながらそれは、あなただけに送られたものとは限らないし、必ずしも本人が書いたものとは限らないからだ。巷でやりとりされる文才きらめく軽妙洒脱なメールの多くは、「短信写手(ショートメッセージライター)」がポータルサイトに提供したものをダウンロードしたものや、あちこちに転送されながら回ってきたものがほとんどだ。

 腕のいい書き手なら「副業でも月1万元を超える収入になる」といわれ、専業になる人もいる。携帯ショート小説大賞の賞金は1万元(=約14万円)。数千元の収入を得るには何十通も書かなくてはならない「短信写手」にとっても、魅力的な賞だろう。

 「日本のネット文学に刺激を受け、中国らしいネット文学を盛り上げたいと考えました」と侠社長。70字の画面×5通=350字の携帯小説が可能なのは、漢字の国ならでは。

 応募要項には「中国語に限る」という条項があるが、400字詰め原稿用紙1枚に満たない短編小説を書くのは日本語ではかなりの技術を要する。アルファベットを用いる言語では使える単語の数量がさらに限定され、難易度はより高くなるだろう。話し言葉では決して使わない「紅杏出墻」という言葉には、「人妻が浮気をする」と表現するよりもずっと秘密めいた、文学的な香りが漂う。字数に制限があればあるほど生きてくるのが漢字の力かもしれない。

 インターネットやメールの普及によって、話し言葉と書き言葉の境界線が曖昧になりつつあるが、こうして書き言葉の威力がより試されるステージも新たに生まれている。選考委員には、王蒙、鉄凝、莫言、余華、蘇童ら中国文壇の超大物がずらり。ここからどんな文学が生まれるのか、来月半ばに予定されている受賞作の発表が待たれる。

 (在北京フリーランスライター、翻訳家)

 いずみ・きょうか 1971年、東京生まれ。94年にフェリス女学院大学卒業後、北京大学に留学。博報堂北京事務所に勤務の後、フリーランスに。現在、北京を拠点にライターとしての活動のほか、翻訳など幅広く活躍している。主な訳書に『衛慧(ウェイフェイ)みたいにクレイジー』『ブッダと結婚』(ともに講談社)、『水煮 三国志』(JMAM)がある。