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中国メディア事情

泉 京鹿

【2】(2005年8月23日付)


若い作家たち

衛慧、春樹らに脚光


 「春樹(チュンシュー)」というペンネームの作家がいる。春樹と聞いて、中国でも連想されるのは、常に書籍のベストセラーランキングに名を連ねている村上春樹だ。

 北京、上海の大型書店に足を運んでみれば、『ノルウェイの森』『海辺のカフカ』『アフターダーク』などが目立つ位置にずらりと並んでいるのを目にすることができる。

 「春樹」は、2002年に発表した長編小説『北京娃娃:十七歳少女的残酷青春自白(北京ドール:17歳の少女の残酷な青春の告白)』が発禁処分となり、一躍時の人となった22歳の女性作家である。日本での知名度はまだそれほど高くないが、アメリカ、イギリスなど欧米諸国ではすでに『北京ドール』が翻訳され、昨年2月には米誌「タイム」の表紙を飾るなど、現代中国を代表する若手作家の一人として注目を集めて久しい。それに先立つ1999年に『上海ベイビー』の発禁処分で世界的に有名になった衛慧(ウェイフェイ)ら70年代生まれを「七十后」と呼ぶのに対し、「八十后」と呼ばれる世代だ。

 社会や父母の世代に反抗する“憤怒青年”である「七十后」の表現するものは、いわば「父殺し」というべき従来の価値観の否定であった。給与から住居、年金までいっさいの社会福利を供与し、失業の恐れがない代わりに自由な流動を不可能にもした、誕生から墓場までを抱え込んでいた社会主義制度の基本「単位」を拒否した「オルターナティブ」作家たちは、結果として、作品の海外翻訳版の発行、映画化、作家自身のタレント化によって、経済的な「成功」を手に入れた。

 しかし春樹に代表される「八十后」作家は「別に社会に反逆しようというわけではなく、やりたいことをやるだけ」と淡々としたものだ。「七十后」に比べ、作品の商業化やタレント化には決して積極的とはいえない。同世代や「七十后」の成功を否定するかのようなこの「兄殺し」世代は、自分の好きなものを気ままに書き、仲間を募っての詩集の自費出版を楽しんだりもする。全員が全員ではないが、あくまでもマーケティングの世界から距離を置こうとしているようにも見える。

 「村上文学には中国にこれまでなかった中産階級の欲する文化があった」という衛慧。「村上春樹作品はほとんど読んだけれど、もう卒業した。村上龍の方が好き」という春樹。

 その姿勢や価値観の違いが比較されることの多いこの二人に代表される二つの世代の作家たちだが、ともに村上春樹の世界に親しんできた「村上チルドレン」であるのは共通している。今年5月刊行の『十美女作家批判書』などにも見られるが、「美女作家」として「七十后」「八十后」も一緒くたに批判されることもある。こんな彼女たちに牽引され、中国にも日本の「綿谷・金原ブーム」に負けない若い作家たちが次々に登場している。

 一方、中国の出版業界にはこの数年、作品の発掘から編集、プロモーションまでを手掛ける編集プロダクションと広告代理店の機能を併せ持った「図書工作室」が増え、手がけた本は必ず売れるといわれるカリスマ書籍プロデューサーも登場。「読者が必要としていない本は作らない」と言い切る彼らは、何よりもマーケティングを重視した点で、従来の出版社とは一線を画す。

 日本など海外で話題の新聞や雑誌の連載小説には、本国の単行本と同時発売を狙った版権交渉への動きなども迅速だ。

 マーケティング重視の世界と、そこからは遠い世界。日本に紹介する価値のある作品は、そのどちらにも、まだまだあふれるようにある。中国における「村上春樹」のように、日本に広く浸透する中国人作家の作品の登場が待たれる。日中間の相互理解には、そういう作家や作品の存在が不可欠なのではないか。

 (在北京フリーランスライター、翻訳家)

 いずみ・きょうか 1971年、東京生まれ。94年にフェリス女学院大学卒業後、北京大学に留学。博報堂北京事務所に勤務の後、フリーランスに。現在、北京を拠点にライターとしての活動のほか、翻訳など幅広く活躍している。主な訳書に『衛慧(ウェイフェイ)みたいにクレイジー』『ブッダと結婚』(ともに講談社)、『水煮 三国志』(JMAM)がある。