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アジアの潮流

連載コラム
「アジアの潮流」

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東ティモールの門出を支援すべき理由

(2002年11月5日付)

 先ごろ、21世紀最初の独立国となった東ティモールを訪れた。インドネシア占領時代から、東ティモールの解放闘争を取材してきたジャーナリストとしては、苦難のすえに独立を勝ち取った人々の勇気と誇りに敬意を払いたいと思う。

 これから東ティモールの人々は、国造りという新しい課題に挑戦することになる。むろん、国連に支援されているとはいえ、克服すべき問題は多い。経済面では援助以外の財源を確保する必要がある。基軸となる産業がない東ティモールの若者の失業率は80%。まともな仕事にはほとんど就けない。

 政治面では解放闘争の主体となったゲリラたちの処遇をめぐるトラブルが目立つ。密林で闘ってきたかつての英雄たちを、新政府や国連が冷遇しているからだ。政府に対する国民の不満は高まり、指導層内部の対立も激しさを増している。前途は多難である。

 ただ日本はこの国の門出を支援せねばならぬ理由をいくつも持っている。

 古くはアジア太平洋戦争の時代にさかのぼる。当時、日本軍は3年半にわたり東ティモールを占領していたが、日本軍による残虐行為や戦争による飢餓などで、4万人の住民が亡くなったといわれている。そのため、お年寄りの中には国連平和維持活動(PKO)に参加している日本の自衛隊への強い嫌悪感も残っている。

 また従軍慰安婦にされたと訴える女性たちの声にも耳を傾けなければならない。戦争責任の問題はここでもきちんと処理されていない。

 インドネシアによる東ティモール支配を一貫して支持してきたのも日本である。75年、インドネシア軍が東ティモールに侵攻した際、日本は当時のスハルト政権を支持し、それ以後、インドネシアの撤退を求める8回の国連決議にも、反対票を投じてきた。独裁的なスハルト大統領との経済的な権益を優先させたためである。独立までに20万人以上の犠牲者を出した東ティモールの歴史を振り返るとき、スハルト政権を支え続けてきた日本の責任は重いものがある。

 人口75万人という小さな国の豊かな未来に向けて、私たちにできることは何かを考えてみたい。

(野中章弘・アジアプレス代表)