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アジアの潮流

連載コラム
「アジアの潮流」

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沖縄で「東アジア共同体の可能性」論じるシンポ開催

(2001年11月20日付)

 沖縄で開催された国際シンポジウムに参加した。中国、韓国、台湾、そして日本から集った研究者らが一堂に会し、「東アジア共同体の可能性」と題した討論の場である。

 出色だったのは、韓国から参加した金泰昌・将来世代総合研究所所長の発言。東アジアの思想資源は、『国語』(『論語』以前の発刊、国家の議論の意味)に記された「君子は和して同ぜず」との精神であり、「和の精神」こそ、東アジア共同体の基盤たりうる、との指摘であった。

 その反対をいったのが戦前の日本であろう。国家主義が同化政策を生み、「大東亜共栄圏」なる独りよがりの魔物をアジア諸国に押しつけた。聖徳太子の「和をもって尊しとす」を通り過ぎて、それに続く「逆らうべからず…」だけを取り上げることで、「同じであること」を強要して敗戦を迎えた。それから56年、中国、台湾、そして韓国の研究者らと「東アジア共同体の可能性」について議論できるようになったこと自体が驚きである。

 だが、「和」の精神の欠如が日本社会に蔓延していることに変わりはない。例えば、人を大切にするとされてきた「日本的経営」。社員の個性(違い)を認めず、「同じであること」を押しつけることで、かえって会社という「共同体」がほころびを見せている。家庭も、学校も、そして地域社会も、その病理の源には「和」の精神が欠如していることに気づく。

 「東アジア共同体の可能性」は、実はわれわれの足元から出発する。

(西田実仁・ジャーナリスト)