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アジアの潮流

連載コラム
「アジアの潮流」

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反戦漫画「はだしのゲン」ミュージカル版ソウルで上演

(2002年9月3日付)

 「韓国人にも被爆者援護法を適用してください。私たちに残された時間はもう多くありません」

 韓国原爆被害者協会の李廣善会長の悲痛な訴えである。同じ被爆者でも海外に暮らす人々は日本に住む被爆者のような支援は受けられない。医療費や各種手当の支給を定めた援護法を適用されないからだ。

 援護法を日本国内に限ってしまえば、朝鮮半島、北米、南米などに住む在外被爆者は、十分な援護を受けることができなくなる。「同じ被爆者なのに、なぜ日本人と同じ補償ができないのですか」。流暢な日本語でそう語る李会長に、私は返す言葉もなかった。

 今から57年前の夏、広島、長崎で被爆した朝鮮人の数は広島・2万5〜8000人、長崎・1万1500〜2000人。そのうち、確認されているだけでも、韓国に2200人、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に約2000人の被爆者が存命しているという。

 ソウルから南へバスで5時間。ハプチョンという町に原爆被害者福祉会館がある。この施設では日本で被爆した80人の老人たちが余生を過ごしていた。宋任復さん(71)は、広島で被爆し、父と3人の親族を失った。

 「髪の毛も抜けたまま、ボロボロになって、祖国に帰ってきたのです」。しかし、戦後は原爆の後遺症を抱えながら、生きていくだけで精いっぱいの日々が続いた。その間、被爆治療はほとんど受けることができなかった。宋さんの周りには、老齢で日本に行くことのできないお年寄りも少なくない。

 11月には原爆被害を描いた反戦漫画「はだしのゲン」(中沢啓治作)のミュージカル版がソウルで上演される。日本の劇団による初めての韓国公演だ。しかし、現地のマスコミの中には、「加害の歴史を隠し、日本人の被害者意識を正当化するもの」と批判的な記事も目につく。

 戦争被害を受けた国々では、「戦争終結のためには原爆投下も当然のこと」と受け止める人々がまだまだ多いことを忘れてはならない。

 日韓の溝を埋めるためにやらねばならないことはたくさんある。

(野中章弘・アジアプレス代表)