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(2002年7月2日付)
激震するパレスチナ――。
私の主宰するアジアプレスからも、古居みずえという女性ジャーナリストを現地に派遣した。古居から安全確認のための定時連絡がはいった。
今日も電話口の向こう側から、銃声が聞こえている。この地域で10年以上も取材を続けてきた古居の声は硬くこわばり、現地の緊迫した雰囲気がひしひしと伝わってきた。
先週、ブッシュ大統領はアラファト議長の退陣を前提とした和平構想を明らかにしたものの、イスラエル軍による自治区への侵攻作戦は依然続行されており、パレスチナ人の自爆テロも収まる気配を見せない。事態を泥沼化させている一因は、「テロ」に対するイスラエルの姿勢にある。
シャロン首相は、「米国がアフガニスタンで行っていることを、なぜイスラエルはやってはいけないのか」と訴え、テロ撲滅のためには自治区侵攻も許されるという立場を貫いてきた。しかし、その論理はまことに危うい。
米国の同時多発テロ事件後、世界が変わったとすれば、「テロ」に対し、武力を行使する「報復」行動が正当化されるようになったことだ。それは問題をますますエスカレートさせるだけでなく、平和構築の礎となる倫理観の崩壊をも招いている。
ブッシュ大統領の唱えた「善と悪の戦い」という構図は、あまりにも物事を単面化した見方であり、その図式から発動された武力行使は問題解決を導くよりも、逆に根本的な矛盾を覆い隠し、事態を悪化させている。
私は今年の初めから2度ほどアフガニスタンを取材してきたが、米国の「報復戦争」はタリバン政権を崩壊させはしたものの、現地では米国に対する反感も高まっている。
米軍の「誤爆」で妻と4人の子どもの命を奪われた高校教師は、「お前が生きている限り、必ず米国に報復せよ」と一人だけ生き残った息子に言い聞かせていた。
暴力は暴力を呼び、憎悪は憎悪を再生産する。それは自明のことである。いまは感情に流されず、パレスチナ問題の根源をイスラエル国家建設の時代から、もう一度きちんと見つめ直す必要があると思う。
(野中章弘・アジアプレス代表)