【Seikyo Media Page】Copyright (C) 1997-2002 by The Seikyo Shimbun.



アジアの潮流

連載コラム
「アジアの潮流」

【9】


ビルマ民主化の機運と援助国・日本のあり方

(2002年5月21日付)

 政治的な圧迫や内戦の脅威に直面したとき、国境を越えても生き延びようとするのは人間として当たり前のことである。

 今月6日、2度目の自宅軟禁から解除されたアウンサンスーチーさんの国ビルマ(ミャンマー)からは、軍事政権による弾圧・重圧から逃れようと越境する人々が引きも切らない。ビルマとの国境沿いにあるタイ北西部のメソットで無料診療所を運営するシンシア・マウン医師もかつてその一人だった。彼女は難民数が最も多い少数民族、カレン民族に属する。

 1988年に全土を揺るがせた民主化運動の弾圧からタイへ逃れて12年目。山中にビニールシートを吊っただけで始まったクリニックは今や地元有数の医療機関になっている。民族の違いを問わずに診てきた患者はこれまで、のべにして数十万人にのぼるだろうか。

 経済難民も含めてタイの受け入れ数200万人、ビルマ国内避難民100万人。その背後に村の焼き討ち、虐殺、レイプ、強制徴用などの国軍の蛮行がある。その国軍を統括する政権を支援してきた筆頭が日本だ。

 今年3月、NGO(非政府組織)の招きで初来日し「民主化闘争には政治的・社会的・人道的な取り組みが欠かせません」と持論を強調したマウン医師も、そのことはわかりすぎるほどわかっている。

 あまりにも長く待たされているビルマの民衆に日本はどう応えるのか、厳しく問いかけられている。

(関口千恵・ジャーナリスト)